10 million bugs from my attempt @nanoris

書き溜めの集積場

世間の"ツイッター離れ"で幹部が次々と退職! でも創設前夜からCEOが嘔吐するほどの内紛、クーデターの連続だった!

どーも、机の横のごみ箱に向かって吐いていたという一文以外はとくにどーってことない話の気がする。だいいち、吐くなら普通はトイレへ駆け込む。突然吐き気に襲われて(それまでムカムカしているわけでもなく)、トイレに駆け込む暇もないほどで吐いたなら、それは吐く吐かない以前に、だいぶ神経がお疲れモードな気もする。

どちらにしても、そのへんの貧乏たれがいきなり世界有数の会社を持ったなら、軋轢が発生するのは仕方がない気がする。それは、フランス革命でもそうだった。

それを後世の我々はたんなる権力闘争と理解するが、果たしてそれが面白い話であるかどうか。それぞれが自分たちのやり方を押し通そうとする。そこで妥協できないのであれば、だれかのアイデアを受け入れると自分のすべてが否定される状況が生まれるという事だろう。

たしかに製品はシンプルでなければならない。なにもかも詰め込んで、それでも成功したのは Microsoft くらいじゃないか。そう考えると Microsoft が次々と生み出し、世界に問いかける製品のすごさ(全てが素晴らしいとは言わない)が想像できうる。

では内紛があるという。追い出された3人がいるという。よろしい。内紛大歓迎だ。自殺者はいないのだろう?破産したやつもいないのだろう。ならば、まず彼らの資産を教えてくれ。100万、200万円の給料で喧々諤々していたわけでもあるまい。

おそらく数億(ドル)のオーダーでの資産を獲得したうえでの、争いである。え、もう、手を引いてもいいじゃん、と思うのは、おそらくゲスの極みなんだろう。彼らにはお金ではないなにか、何か満足できない飢え、サースティがあったのだろうと思ったりもする。

だが、よく分からない。その心の渇きは、何を求めていたのか。何がそれまで中の良かった人たちを決定的な別離へといざなったのか。

袂を分かつというのは当然ながらある。戦国時代にもあるし、ローマにだってある。そこにはお金だけではない何かがある。しかし、歴史上に僕たちの知るほとんどのそういう話は資産が莫大にあったうえで起きているようにも思える。

もちろん、貧乏人のそれもあるんだろう。マザーテレサのもとからだって、絶望したり、理解し得なくて、離れていった人はいるんだろうし、そうそう、貧乏人が袂を分かつといえば大工のイエスさんもそういう目にあった。

問題の核心はどこにあるか。twitter というこれほどまでに優れた製品がほんとうにお金を生まないという点にある。だからみんなが四苦八苦する。

そう、金の卵を産むがちょうを殺す人間はいくらでもいる。しかし、がちょうに金の卵を産ませようとするから、いがみ合ってしまうのだろう。このがちょうは金の卵を産むはずだ、しかし生まない。何故だ!?

twitter の利点は人間の同時間性であるし、それが情報の伝達速度を向上させている。そしてわりかし簡単にリンクしたり離れたりできる点もよい。かつフリーである。

つまり、この構造のどこにもtwitter社にお金を落とす仕組みがない。構造的にお金と関係しないわけである。

ヘビーユーザや広告主からの寄付などの方がましかも知れない。wikipediaが盛んに寄付をお願いするのも、維持管理にはコストが必要であるという点にある。

googlemicrosoft が無償の製品を公開できるのも、それを支える収入源があるからである。その収入の上に、無償というスタイルで、実験を行い、情報を得て、またそのうえに収入源となる仕組みを研究する。

一方でtwitterは一本しかない。これ一本だけでやってゆくのは辛いかもしれない。だが、ほとんとインフラとさえいえるこの製品について(恐らく情報の伝播する速度は世界一だと思われる)、政府でもなく、大企業でもない彼らにこれを支える義務はない。

この危ういインフラをどう維持すべきか、というのは世界中が直面している問題ではあるだろうが、基本的に失えばそれまでよ、という考えがいまのところの主流であろう。

そう、AKBでさえいつかはなくなる。その日へのカウントを待ちながら僕たちは生きている。いつまでも終わらないでくれ、という願いは、最後は美しくありたいという希求に変わるであろう。

さて、どうすればtwitterは継続できるのか。

1.有料会員制の導入(有償サービスの提供)
ほんもの認定がされる、twitter使用上の制限が緩和されるなど。
⇒ おそらくそんなに会員は増えないだろう。

2.twitterないへの広告の導入(広告)
⇒ 邪魔なので不評。下手したら乗り換えられる。

3.他SNSとの相互乗り入れ(広告)
facebookなどもつぶやきとしてリストするサービス
⇒ お金は取れそういない

4.企業ユースへの適用(有償サービスの提供)
twitter アカウントに、group 機能を導入する。このgroup を企業単位で公開するなどすれば、企業ないだけでの twitter を構築できる?
⇒ 使用目的は何?

5.twitter API の有償版(有償サービスの提供)
無償版と有償版でアクセス制限を大幅に変える

6.巨大知の発掘
埋もれたつぶやきの中を再発掘して、それをもういちどtwitter上に乗せることで面白さを再燃させるみたいな?

うーーむ。後から見れば誰もが思いつくようなことを最初に見つけるのが一番難しいのだろうなぁという感想しかわかないよ。。。

結局、人が集まる所には広告主がつくというモデル、何か魅力的なものであれば、人はお金を出してても入手するというモデル、しかしデジタル、インターネットでは、モノという概念は希薄になりコピーならタダというのが標準理論としてある。

例えば新聞や雑誌でさえ、基本モデルは広告である。しかし、紙というモノがあるから有償で売っている。それが当然だと思っている。しかし売ることは彼らのビジネスモデルではない。

テレビ、ラジオがちょうど電波という目に見えないものによって、広告枠という時間を設けることで衆目に対してただで配信する仕組みを作った。

これはデジタル機器の録画機能の発展により、CMスキップという危機を迎えつつある。

インターネットとブラウザという新しいメディアは、時間という流れさえ利用者側に主導権がある。動画でもない限り(動画であってさえも)CMを強制できないという新しいスタイルだ。

そこにどういう仕組みがあるか。twitterの中でも広告を打っている企業はたくさんある。問題はそういうインフラの提供であるtwitter社に一円も得にもなっていないことだろう。

その帰結は広告でさえも面白いコンテンツの一部でなければ見向きもされない、という点で今は新しい時代性ではないか。つまり広告とは新しい情報であり、有益な武器であり、人々を楽しませるコンテンツである。

ちょうど、作家の作品が、音楽が、舞台が、クリエイターたちの広告であるとみなせるように。

つまり悪いのはすべて広告が面白くない事である。そう広告主に言わねばならぬ時代が、つい目ノ前にまで迫っている。