IS忠誠組織幹部ら死亡か 比南部「テロリスト40人」

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ISを考えるとき、別にどこかに国を作り立いとか、イスラム教に厳密に(彼らの解釈で構わないのだが)運営したい、などは理由としては妥当と思われる。

 

では問題はどこにあるかといえば、人身売買を公認したり、近辺の人間を奴隷扱いするメンタリティを支えるものは何か?にある。

 

もちろん、子供の誘拐であれ、売買であれ、おそらく経済規模で言えばアフリカや IS よりも、欧州、アメリカ、中国の方が遥かに多い、金額も上だろうと思われる。

 

それでも、それを違法とする地域と、それを合法とする地域では、国家の中心に据えているものが違うと思われる。

 

人々を移民という呼び名で取り込むヨーロッパや日本なども、玉ねぎを一皮むけば、奴隷としての労働力を欲している事は明らかである。それでも、建前だけとしても、それを奴隷と呼ばない地域と、明確に奴隷として扱う地域の違いは大きいと思われるのである。

 

世界の教育制度は等しくない。それぞれの地域に過去から連綿とづづく文化や伝統というものがある。高等教育を受けたからといって、偏見や古いしきたりから逸脱するわけでもない。そもそも「正しい」というものが最大の偏見なのである。

 

風習という言葉で片づけるには、余りに多くの非合理的がある。その中には明らかに人間に対する尊厳ではない、と思われるものがある。我々の多様性を認めたとしても、ISという国家がやっている事には多くの違和感がある。

 

もし、今が17世紀であれば、実はどれも自然なのである、という側面を見逃してはならない。そのころにヨーロッパがしていたことが、300年という時空を飛び越えて同じ時空に出現しただけではないか、という見方もできるのである。ならば、この国家を育んだバックボーンはどこで誕生したのか、という疑問である。

 

つまり、どうもあの思想を支えているものはヨーロッパに発祥するものではないか、だとすれば、IS国で起きている事は、遠からずして、少し形を変えてヨーロッパを席捲するのではないか、という危惧である。

 

民主主義だの人権という考え方が、なぜ通用しないものが誕生できたのか。それと全く触れなかった人々はいないはずなのだ。そういう考え方を知っているにも関わらず、彼らが選択した国家観や価値観は、そういうものをすべて否定した上に成り立っている。

 

ではその変わりとなる価値観はどれほど素晴らしいのかと問えば、多くのイスラム教の人々は否定するであろうが、それがイスラム教らしいのである。彼らはイスラム教の中に自分たちに都合の良い何かを投射しているに違いない。

 

その源泉はどこで生まれ、彼らの中で育まれたのか。IS 国に参加した人々は、世界各国から訪れており、近代的な思想と無縁ではなかったはずである。

 

また格差や貧困から IS 国に走ったわけでもないのである。それでもあれだけのことをなした事には驚愕する。

 

もちろん、それを支える莫大な資本もあった。どこから、どういう人々がどのような理由で支援したのか。ある地域に狂信的な集団が誕生することで何かを得るという目的のためなのか。それとも、その先には別の敵がいたのか。それがアジアまで拡大している現実をどう考えればいいのだろうか。

 

それを支えるにはバックボーンがなければならない。そこに思想がなければあり得ない。それがどうしても見ることができない。それがこの事件の最大の謎であり、不気味悪さなのである。

 

この世界は僕の知らない何かで動いている。魔法で人々が動いたと信じる中世と僕のメンタリティは何も変らない。