この世界は戦線を拡大することで混乱の中に勝機を見出す戦法が結構有効で、囲碁や将棋の世界だって、最後はそういう手に打って出る場合がある。
という訳ではないだろうが、毎日新聞は分かりやすさという点で意訳や解釈を多用するのは常識であるし、その手法が間違いというものではない。
記事の概要。
- 原子炉容器内を満たしている液体ナトリウムの抜き取りを想定していない設計
- そのことを日本原子力研究開発機構が明らかにした。
- 放射能を帯びたナトリウムの抜き取りは廃炉初期段階の重要課題
- 廃炉計画には具体的な抜き取り方法を記載できない
ここで読者の関心は問題になっているのは抜き取りを想定した設計であるかどうか。次に、では抜き取りはできるかのかどうか。これらは全く別の問題である。安全に抜き取りができるのであれば、設計に含まれようが含まれまいがどちらでもいいからである。
よって次の3点について
- 廃炉を想定した設計がされているか。
- 抜き取り方法は確立しているか。
- 抜き取りが出来ない状況はあるのか。
それぞれは別けて論じるべきと思われるのである。
日本原子力研究開発機構はこの記事に対して「誤報」と報告を挙げている。主な反論は次の通りかと思われる。
- 抜き取りを想定しない設計 ⇒ それはその通り(正)。
- 明らかにした ⇒ 日本原子力研究開発機構はそのように主張していない(誤)。
- 廃炉初期段階の重要課題 ⇒ 初期段階ではない(誤)。
- 具体的な抜き取り法 ⇒ 決まっていない(正)。
平成29年11月29日付毎日新聞における「もんじゅ」に関する報道について
一連の「もんじゅ」1次冷却系ナトリウム取り出しに関する報道について
反論の概要
- 「もんじゅ」の廃止措置の初期段階は燃料を炉心から取り出すこと。
- ナトリウムは 燃料取り出しが終了するまで抜き取ることは行わない。
- 現在準備している廃止措置計画申請書は、 燃料取出し作業についての認可申請を行う。
- 配管が破断する事故が発生しても、ナトリウムから露出しないよう原子炉容器内のナト リウムを抜き取る設計にはしていない。
- ナトリウムの抜き取りは、今後詳細に検討していくが技術的に十分可能である。
- 「もんじゅ」の1次系のナトリウムは放射化されているが放射能レベルは 16Bq/g
- (原子炉容器室壁表面の線量率に概算すると約 0.25μSv/h)(2014年4 月時点)と人が近づけないレベル ではない。
誤報と誤解の間にも深い溝がある。
毎日新聞がナトリウムの抜き取りは最初から設計で考慮されていないという主張に対して、それは安全上の観点からそのように設計したものであって、その指摘は正しいとは言えないという反論である。
ここで、抜き取りの設計がないことは廃炉を考慮していないからではないか、という指摘ならば、これは間違った指摘であり、安全上の必要な設計として反論できる。では、建設時に廃炉を考慮していたか、という話になれば、これは考慮した形跡はない。または考慮していたとしても、確立したものはない、というのが結論であろう。
「これから検討する」とある以上、技術的には不可能ではないという想定はあるが、手順的には確立していない。ただし、これが廃炉における難所という認識はないように見える。
もちろん、建設時に廃炉を考慮していなかったのが、どうであったかは議論の別れる話であるが、それは今議論しても仕方がない。当時指摘していない以上、無意味である。また、それが当初から要求されていない事も別に不自然ではない。
あれだけの大規模な施設で、どう廃炉にするかも決まっていないバカなものを作ったと主張するのはたやすい。しかし、それも研究の一部であった、と考えるべきである。その結果、絶対に廃炉できないものを作ってしまったというファンタジアの逆教訓みたいな結末になったとしても仕方がない。
しかし、もんじゅがこのような終わり方をしたのに、このレポートでは、まだ利点とか主張しているのか、という気がする。彼らはまだ失敗を受け入れていないのではないか。信用は地に落ちたというべきだが、その自覚は今もなさそうである。そんな連中だから失敗に終わったんだよ、という罵倒されても同情する気にはならない。
だから、万が一、廃炉は無理でした。ナトリウムは取り出せません、という結論になったとしても想定外ではないのである。
彼らの技術的に可能という言葉からは、ならばなぜもんじゅが廃炉になった、の答えは出てこないのである。
ナトリウムの抜き取りは廃炉初期段階に対する反論は、その前に燃料を炉心から取り出す作業があるから、初期段階ではない、という主張は狭義では正しい。だが、いま問題にしているのはそこではない。それが常識だと思う。
ナトリウムの放射線は「原子炉容器室壁表面の線量率」では低いとある。この「壁表面」が気になる、壁がどれだけ放射線を遮断するから低いのか、もともとのナトリウムが低いのかは分からない。
いずれにしろ、この記事からもんじゅのナトリウムをどう抜き取るか、その後でどう隔離、保存するかが最難関の作業ではないか、と思えるのである。
よって目標が決まればそれに向かって、技術を確立して、なんどか試してみて、手順を作成し、予算を配分して、粛々と進めてゆけばよいのである。もちろん、その過程で予想もしない問題にも直面するだろう。
そして、やってみた結果、原理的に不可能である、という結論もあり得ないわけではない。だが、大体の見通しは困難な部分もあるけど、大枠では可能という結論である。
もんじゅについては運用チームにも問題があり、ヒューマンエラーが多発していた。それがもんじゅの複雑さから来るものであったのか、それとも組織づくりに失敗したからなのかは知らない。だから廃炉チームにも不安がないわけではないが、先に進むしかない選択である。後戻りとは放置する意味であるから、そんな結論はありえない。
燃料を取り出すだけでも5年半かかるそうである。ナトリウムはその先の話だ。
今世紀において、Co2は危険、化石化燃料やばい、という考えから原子力への期待が高まった。だが事故の危険性から、クリーンエネルギーへのシフトが加速しているわけだが、決定的な技術とは呼べない状況である。
ファラデーが見つけた電磁誘導を使う以外の知恵を持たない我々だけど、もんじゅはその歴史の中でナトリウム炉はしばらくお預けという結論を得た。22世紀なら復活の目はあるかも知れないが、今ではない。