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書き溜めの集積場

中国国家主席の任期撤廃、「北朝鮮化」とネットで批判も

jp.reuters.com

 

このニュースにはびっくりした。さて世界はどう騒ぐか。それは読み切れない話である。

 

しかし、経済発展と民主主義の相性はよく、民主主義国家に勝利した独裁国は誕生していない。たかが300年の歴史なのであまり当てにはならないが。

 

ドイツヒットラーの独裁はアメリカの物量の前に潰えた。スターリンソビエト連邦も、何回かの独裁の後、経済的な敗北を迎えた。

 

「国家はなぜ衰退するのか」によれば、国家には収奪的国家か包括的国家がある。この仕組みが大きくその後の成長を分ける。そして独裁国家が包括的であり続けた歴史はない。なぜなら権力の集中が富の集中と結びつき、富の集中は強靭な既得権益を生む。これと対抗する勢力を持たない組織は、ついに時代遅れと成らざるを得ない。たとえ開明的な君主が誕生しても短命である。

 

時代が時代ならプーチンはロシアの皇帝、ツァーリになったであろう。それを拒否し続けている点にプーチンの賢さが見える。また、そのような手段を取らなくてもロシアはプーチンの手中にある。今回の選挙でも彼が大勝するのは間違いあるまい。

 

そのような強固な権力であっても権力が他人の命を奪うことはあっても、誰かの命を永らえた事はない。権力は命を奪うことしかできないのである。ならば権力は最低でも一代限りがいい。

 

中国が半独裁体制になるにしても、共産国家ならば別に不自然ではない。共産国家において、終身元首でない方が異常とも言える。それを元に戻そうとするだけの話にも見える。

 

独裁国家の運命は、経済的疲弊によって潰えるか、経済的発展とともに民主化するか、軍事クーデターが起きるかのいずれかである。

 

中国という大国でこのような動きがあるのは、予想さえしなかった。民主主義の最も優れた点は間違いを訂正するコストの低さである。日本の官僚を見ても明らかなように、官僚制は自らを改める能力がない。これは組織的な要請であって、勝手に変わってはならない存在だからだ。

 

ゆえに、これを変えるコストはどの国家でも高いのだが、民主制では、政権交代によってこれを変えることができる。これがスピードの速い時代へは合っている。もちろん独裁制でもそれは可能なのだが、通常は上手くいかない。独裁制ではそれが臨機応変なのか気まぐれなのか誰にも分からなくなるからである。

 

いずれにしろ、独裁制を敷くならば将来的には不安定状態が続くから、日本のチャンスが到来すると言うべきである。

 

どれだけ優れた人でも永遠には生きられない。同様に永久に優れた人でいることもできない。そうでなくとも生物は老化からは逃れられない。ブレジネフなどは痴呆が進んでさえも書記長の座を降りなかったとも噂される。

 

同様の事が起きるかどうかは別にして、周辺各国はそれを折り込んでおかなければならない。古い思想のまま停滞する可能性が高い。それがどのような結果を生み出すだろうか。ひとつには現在の方法がずっと続くと見て良いだろう。

 

ひとつに統制した経済発展、次に軍事拡大である。周辺国との紛争の可能性は増大する。これは受け入れるべきリスクであって、日本も同盟国と共に、防衛力の強化は避けられない。一方で、市場としての中国の魅力は半減する可能性がある。

 

そのため、世界的な不況が起きる可能性もあるが、逆に言えば、中国市場に代わる新しい市場の開拓が近々で必要とも考えられ、その候補にはインドやアフリカ大陸があげられる。その時に、中国がどのようなメカニズムで経済牽引力を発揮したかは十分に研究しておく必要があるし、その方法をほかの地域でも採用すべきであろう。

 

もちろん、権力基盤を強化した独裁者が、現在の共産主義に見切りをつけ、一気に民主主義体制に移行する可能性もある。ゴルバチョフがそうであった。出来る立場にあったのに独裁者にならなかった政治家もいるのである。ボツワナのセレツェ・カーマ、モザンビークジョアキン・アルベルト・シサノなど。

 

アフリカ大陸は、最後の経済発展地域となるであろう。その頃まで西洋国家が先進国であり続けられるかは分からない。今の状況は17世紀に確立された西洋式の近代国家が生み出したものであって、それが最終結論になったわけでも、定理として確立されたわけでもない。何かまるで新しいものが誕生するかも知れないのである。

 

中国は国家をあげてアフリカに資本を注入している。これらの動きに任期撤廃は役に立つだろうと思われる。

 

もともと、中国の国家思想、統治思想に民主主義はない。共産主義もなかった。紀元前から優れた思想家を生み出し、アジアを支配した統治の理念、システムは、西洋との邂逅で置き忘れられている。元来あるアジア由来の統治システムへの回帰があるのではないか。少なくとも独裁者というよりは皇帝に近いのではないか。

 

習近平の年齢が64歳(2018年)であるから最低でも10年は権力を手中に収めるであろう。長くすれば20年。流石に30年はないと思われる。それだけの長い間に何も起きないのも脅威なら、何かが起きるのも脅威である。軍事クーデター、暗殺もあるが、共産主義から民主主義に移るタイミングが一番の脅威である。アラブの春を見ればわかる通り、民主主義への移行こそが騒乱の原因である。

 

我々の眼前には軍事的な脅威がある。一方で経済的なチャンスもある。眠れる獅子がいままた雷動しようとしている。目覚めた龍が巨大な大陸にどのように横たろうとしているのであろうか。

 

右翼だの左翼だのという、お遊びの時間は終わりである。残念ながらそういう猶予はなくなった。そういうものに熱中できた人材はそろって廃棄である。我々は新しい地政学にフォーカスせざるを得ない。

 

戦後は終わった。新しい時代が始まろうとしている。我々は戦後に対する明確な見直しもせずに次の時代へ渡ろうとしている。まるで脳の動脈瘤をそのままに旅に出るかのように。時間はあった。70年もあったのに何もできて来なかったと言うべきか。民主主義は、国が滅びても誰のせいにもできない制度である。

 

"There’s an east wind coming, Watson."