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西野ジャパン、ポジションどこが最適? 合宿で試行錯誤

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サッカーについて語る資格など一切ないのだが、ハリルの解任騒動と、西野監督キリンカップ惨敗を受けて、日本は急速に良い方向に行くのではないかと見ている。

 

本番で予選突破できるかどうか。数値でいえば、セネガルでさえ日本の倍以上のランキングである(28位)。60位の日本はまずは1勝。これ以外の目標があるとは思えない。

 

それでも、やりようによってはジャイアントロボはあるんじゃないか。そう思ったのは以下の記事を呼み、日本らしさについて学んだからだ。

 

ハリル、失敗の要因は“オシムとの違い”。拘りすぎた欧州化、「日本人」を理解せず【宮澤ミシェルの独り言】

www.footballchannel.jp

 

この記事を勝手読みした範囲では、日本人に独創性や土壇場での閃きを期待するのは止めた方がいい、が結論である。それは日本的なやり方としては相応しくない。そういう話である。

 

ならば、どうするのか。日本人は決められた事をきちんとやる能力が世界一である。だから、決めてくれという話になる。ああ来たらこうする、こう来たらそうする、そう来たらああする。それさえあれば戦力は何倍にもなる、そういう話である。

 

そんなの、ただのマニュアル人間製造機じゃねぇか、サッカーの自由はどこにいった。そんな批判は当たらずとも遠からず。つまり、本質に掠ってもいない。

 

そのマニュアルの中にあらゆる想定をしておけ、というのが日本の独創性である。戦いの段階であれこれ判断など遅すぎる。

 

夕刻には戦闘も終わるでしょう、と語った大村益次郎の慧眼こそが日本人の独創性である。抜刀して戦場を駆けずり回る土方歳三の独創性など小さい小さい。戦う前に既に決着は決まっているのだ。

 

元来、それはアジアの戦術思想なのか。そうとも思えないが、思えば、敵を知り己を知るの孫氏の思想からして、戦う前の準備について語ったものだ。すべては道に通じるとか、修練という江戸時代の武士の考え方も、いざという場合の心構えではない、普段の何気ない生活の場での準備に関するお話である。

 

だらか奥義というのは読んでみたらなんだーというものも多い。万策尽きたら剣を振り回して逃げよ、というのもあるらしい。奥義とは準備したののが通用しない万策尽きた時の考えなわけだ。

 

徳川家康関ヶ原の勝敗になんら不安は感じていなかったであろう。戦う前に雌雄は決まっていた。何十通も送った手紙で勝負は終わっていた。

 

サッカーというのは、もちろん試合中の様々な発想や天才的なプレイが最後は決める。戦場でのたった一発の砲弾が状況を変えてしまうように。だからサッカーは怖い。だが、そんな偶然に期待してチーム作りはできない。

 

それでも、それは日本的なアプローチではないのである。そんな方法論を夢想する限り戦果は期待できない。それを受け入れるべきだ。ありもしない閃きに勝敗を託すのか。それとも、例え負けると分かっていてもピッチに立つ日本代表を応援するのか。

 

もともと点を取らない日本サッカーへの苛立ちが閃きという価値を高めたのであろう。それがほとんど不可能であることはこの数十年で明白である。第二の釜本に日本サッカーの未来を託すわけにはいかないのである。

 

釜本は量産型のザクではないのだ。私を第二のルドフルにするぞ、そう言える人などそう簡単に登場はしない。