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小池都知事「地方分権は死んだ」

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小池百合子という人は、機を見るに敏で、悉く評判を落としてきた人だ。逆張りのすべて外してきた稀有な人といっても過言ではない。この人の戦略は、自分の存在感を高めることにあって、特に何かを勉強してきた信念を持つ人という感じはしない。

 

この人には、豊洲移転を白紙に戻そうとした過去がある。その時、それは都知事としての当然で権利であって、それをする正当性を彼女は持っている、と考えた記憶がある。

 

今となっては、これも危険を危惧したというより、自分の存在感を高めるための好都合な物件を見つけたに過ぎない、というのが妥当な評価であろう。豊洲市場が、築地市場とまったく異なるコンセプトで設計されているという話は知っている。そのために評価が分かれているという話にも納得する、結論が出るにはあと数年を要するだろう。

 

どちらにしろ、日本の知事で東京ほど楽な所はない。それは問題が山積していないという意味ではない。人の数、インフラの整備など、数だけで言えば、他のどの地域と比べても問題、課題は多いだろう。

 

それでも金がある。税収に余裕である、その一点だけで、どれほどのボンクラが首長になっても潰れないで済む都市なのである。それが証拠に石原慎太郎がどぶに捨てるように様々な事業に入れ込んだが、都政はまったく影響を受けていない。魚雷が命中した戦艦大和かよ、という気さえする。金さえあれば、たいがいの失敗はなんとかできるのである。

 

だから都政で得た税収を国が持ってゆくのは許せない。それが首長としては当然の主張であろう。都知事が反論したくなる気持ちも分からないではない。

 

だが、それが地方分権に逆行している?どういう意味だろうか?地方分権とはお金も独自に使いなさいという意味ではない。俺が稼いだ金は俺だけに使う権利がある、という意味でもない。

 

地方分権の肝は、三権の委譲であって、行政、司法、立法を大幅に地方に任せるという意味だ。アメリカでいえば州法を持っているのと同様である。軍隊まで持っている。だからアメリカは United States なわけで、国の集合体としての連邦国家という構造をしている。

 

なら地方分権とはアメリカの模倣なのか?というとそんなはずもなく、日本だって江戸時代は United Hans Of Japan だったわけで、幕藩体制に戻すことが日本の地方分権である。あの時代が地方分権だと知っているから、隠密が戦う伊賀の影丸に何も不思議を感じずに読めるのである。あれが中央集権なら単なる反逆罪で終わりだ。

 

地方分権は死んだとか、ニーチェの孫引きかよ、という感想しか持てないし、そもそも、お前は地方分権に何ら思想など持っていないだろうと思う。こういう適当なつまみ食いでその場を乗り切ろうとする手法は、見事だが飽きた。底が浅い。5cm。

 

東京は一極集中している特別な場所だ。地方のあらゆる利益を吸い取って巨大化した都市だと思うが、経済規模でみれば、東京は東京だけで完結しているのではない。首都という有利さと関東平野という立地条件によって、膨れ上がった経済規模は東京だけでは入りきらず、千葉、神奈川、埼玉と周辺に浸食していった。

 

東京の税収が多いのは、経済規模というよりも、大企業の本社がそこにあるからだと思うが、実際は違うかもしれない。法人税が全体の35%を占め、固定、資産税が25%、残りが40%。

平成29年度 都税収入決算額について

 

いずれも東京の成功は、人口に依存する。東京、神奈川、千葉、埼玉で全体の40%を占める。その数は関西、中部を合わせたものより多い。 

全国人口一覧【ホームメイト】

 

では人が多いから東京は一強となれたのか?恐らく逆だろう。ここには人が集まる何か理由があった。これは戦後に始まった流れではなく、江戸時代からそうであった。

 

なぜ東京に集中するのか?政治の中心だからか?NY や上海などの例外を除けば、世界的に首都か州都の人口が多い。政治の中心だからか、人が多かったからか?色々考えてみると、どうやら立地条件という地理的要因が最初にあるのではないか、という気がしてくる。

 

都市が発展するために欠かせないものは、ブラタモリを見る限り水である。次に開発のしやすさ、平坦な土地ということになろうか。

 

だが、それは小さな集落までの話で、数千万から億の人口を維持するためには、そう簡単ではない。水はその周辺だけで供給可能でなければならず、食料は周辺だけでは絶対に賄えないので、流通が必要だ。流通の柱は陸,海路であるから、交通網の充実、港湾施設の大規模化が必要である。

 

これらを支えるのは、何がなんでも川と平野である。併せて周囲が山で囲まれて孤立していない事も重要になる。たいてい大きな川がある場所は開けたもんだが、これは地質と浸食の長い歳月の結果だ。

 

さて、集落の形成はこれでよいが「国家はなぜ衰退するのか」によればこの先は政治の問題である。その本質が『略奪』である。略奪しないこと、これが発展の肝要であって、略奪する仕組みが組み込まれた政治体制、経済システムは自然と衰退する。

 

この場合の略奪とはどこかの軍事政権のように強引に奪うケースもあるが、これは分かりやすい。そうではなく、一見すると合理的、合法的に見える略奪に注意しなければならない。

 

既得権益は確かに略奪の典型である。既得権益によって守られる側は、新しい技術革新を封じ込めようとする。それは狭い範囲の経済圏にとっては良い延命であるが、気が付けば、周囲が変わってしまい、古い体制では対応できなくて取り残されてゆく。緩やかな環境の変化に対応できないケースである。

 

他ではやっていない様々なアイデアが生まれ、それらを採用できるならば、その殆どが失敗でも、ひとつでも成功すれば、強い力となる可能性がある。常に益するとは限らないが、未来を切り開く可能性がある。

 

日本は小泉純一郎の時に既得権益の打破という政策を採用した。そのお題目は立派だったが、実際にやったことは、旧勢力を駆逐し、新しい既得権益者が出現しただけであった。それを許してしまった情けない前歴がある。

 

ただの権力闘争、派遣争いの手段に利用された改革が、この国の格差を押し上げた。彼らがしたことは中間層からの略奪を合法化し、彼らを貧困層に追いやる分だけ、自分たちの利益を増やしたことである。合法的略奪である。

 

地方分権という制度に夢を見ていた時期がある。各自が争い、その競争の中から新しい技術革新、イノベーションが生じれば、結果的には、競争の中で有利な立場に立てる。それを実現するには小回りが利くほうがいい。そのためには中央集権よりも地方分権の方が、様々な試みができる分、チャンスを増やすだろう。そういう夢である。これは夢であった。成功しか考えない人の夢であった。

 

現実には後始末が必ず発生する。失敗にはどう対処するのか、ゲームならリセット、PCなら再インストールですむが、人間なら、そのまま死ね、とは言いきれない。膨らんだ借金が破綻すれば世界経済を巻き込んだ大恐慌を起こすことも経験した。

 

東京の収入を再分配するのは当然といえば、当然であるが、それが何の解決策にもなっていないのもまた事実である。だが、win-winの関係があるということは、単に lose する連中は相手にされていないだけの話だ。

 

話が逆なのだ。win-win の関係ではない。単に win-win になるから手を結んだだけである。それ以前に門前払いされた地域、人達、企業が山のように転がっている。そういう残されたもの、取り残されそうな人、落ちた地域、それらをどうケアしてゆくのか。

 

すべての地域が勝利者になるなどあり得ない。だが、そういう地域を見捨てることが短期的には正解に見えても、長期的にもそうとは言い切れない。おそらく違う。

 

だから重要なのは勝者を固定化しないことだ、だれもが持ち回りで勝者と敗者になるようにするのが良かろう。東京の一極集中が問題なのではない、これからも長らくそれが続くことが問題の核と考える。

 

核というのはどの場所でも、そこさえ突けば問題のほとんどは解決する。そういう重要な視点で鑑みると、東京が発達したのは、維新の時に、大阪という経済の中心が東京に移ったからではないか、という気さえしてくる。この地理的移動がそろそろ必要な時期に来ているのではないか。

 

どうしてそうしたほうがいいかは説明できないが、そうすれば必ず変わるから、とは言えそうだ。そのためのバックアップは各都市に準備されている、と信じている。