萩生田氏、発言は「個人の見解」 消費増税延期巡り釈明

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「坂の下の海」の時代には政治的な対立が先鋭化し、ついナチス的な暴力的解決に走り勝ちになる。話し合いよりも暴力のほうが手っ取り早いのは真理のひとつだからである。早急になろうとすればするほど、そうなる傾向が高くなるものである。

 

安倍晋三財務省の間に密約があると考えるのは妥当だろう。だから、健忘症どころか、自殺者を出してまで財務省安倍内閣をプロテクトした。消費税との引き換えでなければ単なる自虐的な変態である。

 

大学への予算は削られ、保険料は年収の一割にするという。すべて官僚たちの無策と感じられるが、官僚は予算を分配するのが業務であるから、予算が減れば、どこかを減らすしかない。

 

ただ減らすだけなら、そのへんの中学生にでもできるのだから、それだけでは芸がない、ゆえに、減っても何とかバランスを取ろうとする。どこかを減らすなら、どこかは増やす。そうすることで、不平不満を対消滅させようとする。所が、そろそろ対称性が破れる頃である。批判が充満すれば、次にとる策は恐らく民衆同士の対立を煽ることである。早い話が、カムイ伝のラストで正助を襲った連中を思えばよい。

 

煽る連中を為政者、煽られる側を民衆と呼ぶ。政治家は己の選挙を有利とするためになら簡単に右傾化する。その方が固定票を期待できるからだ。この傾向が高まれば反発が起きるのも必至である。こうして、黄色のベスト運動のような騒乱まであと一歩の所に来ている。

 

世界の不幸の殆どはお金で解決できる。この真理は、お金がなくなれば不幸は増加すると展開できる。不幸など心の持ちようである、というなら悲劇と言い換えてもよい。お金があれば問題とならない事がお金がなければ問題として顕著化する。アフリカの貧困国ではわすが数円のワクチンが買えないため子供が死んでゆくのを見守るしかないのである。

 

金がない、これは明治以降ずうっと付きまとってきた問題である。沖縄戦のとき、アメリカは1500隻の艦艇を島の周りに集結された。ヒットラー自殺が1945/04/30である。その頃でもアメリカは大西洋に軍を展開していた。

 

我々は物量に負けた。確かにそうだ。だが戦費の額でも圧倒的に負けていた。金がない事など戦争になる前から分かっていた。だから軍艦を設計する時も日本はてんこ盛りにした。一隻に込められた重みが違うのだ。そんな軍艦にプロモデルにしたらカッコいい以外の利点はない。

 

一隻沈められたときの衝撃が違う。アメリカは人間さえ救えば、船など幾らでも作るぜ、そういう戦い方をしてきた。日本は沈めるな、沈んだら次の船はない、ならいっそ船と運命を共にせよ、そんな戦い方しかできなかった。この態度の差は大きい。短期決戦を目指した軍隊で長期戦を戦う悲劇である。

 

日本はそもそもGNP世界第二位になっても、経済戦略の転換は行わなかった。世界中の富が集まる地域が世界の覇権を握る。イギリスであれ、スペイン、ポルトガルであれ、ローマであれ、イタリアであれ。宋であれ、唐であれ、世界に覇権を立てた国家は、人々が集まる場所である。

 

今の中国は本気でそれを狙っているように見える。一帯一路構想はインド包囲網だと思うが、なぜインドをターゲットにしているかといえば、中国を凌駕する人口を持つからである。もしインドがその潜在力を発揮したら、巨大な市場、優秀な人材を供出する、中国と対抗する地域となるのは目に見えている。

 

そして加速度という点で注目すべきはアフリカである。これまでのベースが低かったのだから、これから高度経済成長を経験するのは当然である。そして、たいていの高度経済成長では、インフラ整備という旨みのある仕事が発生する。そこに食い込めば、およそ20年は食うのに困るまい。

 

中国は経済力をつけてきた時に、いち早くそういう戦略に出た。もとから彼/彼女らには世界に開く目があったのだろう。華僑の経験によるものだろうか?いずれにしろ日本はそういう戦略を持たなかった。外需による経済発展から一歩も出ていない。恐らく昔も今も全く同じモデルで戦おうとしている。

 

もちろん、個々人の中には世界に飛び出て行った人も、違うビジネス展開を練っている人もいるだろうが。

 

国家予算を維持し続けることがそろそろ無理になってきているようだ。財務省がどのような戦略を立てているかは知らない。だが、彼らが最も恐れているのはパニックであって、経済的衰退をするにしても、なだらかな、穏やかな滑空でなければならない、墜落など許されない。そのために何が必要か、と考えているとすれば。

 

インフレによって経済を立て直すという考えは失敗していると考えるし、成功すると考える人が、ではあと何年必要なのか、どれだけの資本を投入すればよいのかに答えたのを聞いたことはない。100年、100京円を投入すれば経済はよくなる、程度ならそこいらの幼稚園児でも言えるのである。

 

身の回りをみれば、物の値段は高くなっている。値段が同じなら内容量が減っている。これは実質的にはインフレであるか?値段を上げられない、賃金が上昇しない、なら、実態はスタグフレーションではないか、著名な経済学者がそう指摘しているのは聞いたことがないのでよく分からない。

 

インフレの最重要はマインドと言われる。江戸っ子が宵越しの金は持たないのは、すっからかんになっても生きられるからだ。野生で自由を享受するか、家畜として食うのに困らないかを選ぶようなものである。

 

野生で生きれば自由である。そこには飢え死にする自由も含む。競争も激しい。相手を蹴落としても捕食しなければならない。だがケガをすれば致命的だ。獲物を横取りされても仕方がない。また狩りをすればいいのだ。

 

草食動物、または家畜ならばそういう心配はない。稼ぐあてのある人、金が余っている人、お金が増えて続けている人、そういう人はお金をパッと使うのに躊躇する必要がない。風俗嬢がホストに入れ込むことができるのは明日も稼げると分かっているからだ。インフレを支えるのは未来を心配しなくてよい、という状況に違いない。ならば、年金は80才から、健康保険は年収の10%にするとか言うような国でインフレなど不可能だ。

 

だから財務省は、ある意味、日本人にデフレマインドを植え付け、高い税金で将来に悲観させることで、国家が経済的な敗者となる状況に耐性を持たせようとしているのではなかろうか。

 

彼/彼女らの根拠は何か。それは人口減少である。人口減少によって、生産性が同じならGNPは下がる。少々の天才が活躍したところでどうこうなるものではない。少なくともアメリカがそれを可能とするのは優秀な移民にまでビジネスを公開しているからだ。奴隷という名の技能実習生を心底欲するような日本企業のマインドでは到底無理である。

 

他の道を模索すれば再浮上する道はあるかも知れない。少なくとも財務省にはそういう道筋は見つけられなかった。産業の構造がどう変わろうが無理だと考えた。巨大な油田でも発見されれば別だが。

 

撤退しよう、これはそういう命令である。僕は嫌です、と反論する人たちもいるだろう。そういう人は、外国人を排斥し、隣国を批判し、独立を維持する国士を気取って、自分の留飲を下げる。それだけが、自尊心を守る方法だ。怯えたキツネリスに指をかませるもの好きは現実にはいない。火星で氷漬けで発見されるしかない。

 

経済的施策として考えれば消費税はあげないのが良いに決まっている。だが森友学園による密約は消費税を上げないならば、財務省はすべての文書を公開するというものだろう。たとえ世論のすべてが消費税反対を唱えても覆るまい。まして問題は経済にはない。これから来る衰退への準備である。なぜ消費税を上げないという選択があろうか。

 

竹中平蔵はこの国の中間層以下から金を巻き上げることしか考えていない。貧困層から合法的に搾取するように国を作り替えた。財務省はそれを許諾した。僕たちが毎日みているテレビも新聞も富裕層に属する。

 

本当の敵は誰だ?そもそも敵はいるのか?我々は何を相手にすべきか?いや、やはり敵はいる。本当の敵は誰だ?