ディーン×岩田剛典『シャーロック』初回12.8% “月9”6期連続2桁達成

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シャーロックをテーマに据えたドラマは沢山ある。その中でも、特にホームズの人物造形は俳優の力量に負うところが大きく、作品の質を決定する。

 

そういう中で、ディーン・フジオカが取り組んだホームズ像は悪くない、というより、今年のドラマの中でも特出すべきキャラクター。非常に良い。この人物像さえあればドラマは回ってゆく、そう強く感じた。

 

もちろん、初回であるが故のトライアル的な瑕疵はある。あれだけ雨漏りしているなかで、一枚の紙をドライヤーで乾かすシーン。外にいるのとそう変わらない雨漏りの惨状で、その紙だけを乾かす意図は?

 

ユーモアの演出か、それとも置き換えの心理的行動か、いずれにしろ、乾かす必要があって雨漏りが分かっているなら(ホームズの観察眼で分からないはずがない)、本当に大事なものならそんな所には置いておかない。必要でないなら乾かす心理が理解しがたい。どういう精神疾患ならそんな行動をするか、雰囲気だけのテレビのための演出しか感じられない。

 

しかし、そういう部分は別にすれば、全体的には、力のある俳優陣を多数配置し、簡単には犯人が分からない工夫、どの人も怪しく、更に怪しくなるように仕込みも上々、という努力に好感。

 

少々、情緒的な犯罪要件(Motive, Means, Opportunity)であり、トリックの解説が少々長すぎると感じるし、死んだ理由は第一話にしては弱い(SVU Season 20 なら許容できる)と思うが、そう悪くはない。

 

だが、しかしなのである。これをシャーロックと呼ぶか。シャーロックホームズの要件。

  • 秀逸な観察眼を持った主役
  • 常識をもって読者を誘うナビゲータ

このふたつは欠かせない絶対条件だと思う。ポアロヘイスティングズだってホームズの類型である。ホームズの類型は多様である、対してワトソンの類型はそう多くない。

 

武闘派(Sherlock Holmes film)、探偵(Elementary)、実はホームズが傀儡、など変わった類型もあるが、全ては原典の応用である。

 

そういう意味でホームズの造形が最高なだけにワトソン役の存在感が気になる。まだワトソンの役割を果たしていない。第一話はその状態で終わった。ワトソンは、単なるバディではない。

 

物語と視聴者を結びつけ作品の中に誘導する。ワトソンが示す道筋に従って視聴者は事件を見る。ワトソンが物語の世界観を示す。彼の常識が物語のリアリティを支える。だからホームズの特異性に驚く事ができる。

 

ワトソンは読者と一緒に驚く役でもあるし、すっとぼけて読者から馬鹿にされる役でもある、ホームズの心理を語り、一緒にしんみりするための役でもある。

 

そういう構造を持たないのならシャーロックを名乗る必要はない。バディだからといって安易にシャーロック持ち込むべきではない。どうでもいいネタを仕込むくらいにしか利用しないのなら悲しいし、恥ずかしい。フジテレビが恥ずかしいテレビ局であることは否定しないが、バディものでシャーロックを名乗らない名作は幾らでもある。フジテレビの人はおそらく見た事がないのだろう。

 

第一話は当然だが主人公を全面に立てて、ワトソンとの出会いが中心となる物語になる。だから重要なのは次である。次がどうなるかで決定的になる。世界像の構築には数話が必要かも知れないし、制作の途中で方針転換する事(Forever)もよくある話だ。

 

この作品はそういう類の作品だし、それはもうワトソン役に全てが掛かっている。可能ならワトソン役を何人も配置してもいいし、最初の設定のままで進める必要もない。まるで覚えていませんと惚けても構わない。少なくとも、第一話の関係性では弱いと思う。バディだからBL、的な発想しかないのなら、ドラマへの経験値が浅すぎる。

 

第一話は、ワトソン役がパッとしない代わりに、とても多くの女優がいい味を出していた。個人的には、 山田真歩がワトソンの役割を担うには最適という気がした。

 

松本まりか松井玲奈はどちらも、プライベートもこれくらい嫌なやつなんだろうな感がよく出ていて作品を上昇させた。たぶん、どちらも犯人であるシナリオは可能だったと思う。また主人公との関係性から、松井玲奈がレギュラーとなって作品に関わっても悪くないとは思った。つまりワトソン2である。

 

ホームズのキャラクター造形が素晴らしすぎて、逆説的には、これがシャーロックである必要はない、というのが率直な感想である。ワトソン役が第一話では弱すぎて、もっと活かした使い方をするなら、尚更シャーロックという冠は重荷ではないか。

 

シャーロックホームズは、ただその人がいれば成立する世界観では決してない。ワトソンがいないシャーロックなど、ただのデカダンスである、マイクロフトがいなければ、偉大な犯罪者であろう。

 

ホームズの魅力とはその力をなぜ悪用しないか、その謎にある。だけど読者はワトソンが友人であるのだから、彼を信用できるのである。その信頼感が圧倒的だし、それがイギリスの良識のひとつの結晶と思われる。

 

そこまでの世界観を踏襲する必要はまったくないが、さて、今後どうなるか。舞台は現代、主人公は起動した、今はワトソンの起動待ち。

 

次話が楽しみである。