香港の名門大学で負傷者60人超 学生と警察が衝突

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香港のデモは、六月から始まり、既に半年を迎えようとしている。しかし、依然と合意点は見つからず、出口は閉ざされている。

 

世界中でデモが発生している。イラク、ベネゼエラ、エリオピアなどのデモは革命の様相もあり、政権の出方には各国が憂慮を示している。

 

もし百年前ならば、デモ隊は銃撃により血まみれに倒れていたかも知れない。そうした結果、ロシアでは王朝が倒れた。現在ではテレビカメラが、虐殺に対して強力な抑止効果を持っているのは確かなのであろう。

 

映像が、虐殺を抑え込む時代である。だから、市民が参加するデモが巨大になりつつある。

 

もし香港がただの一国であれば、既に政権は倒れているはずである。だが、香港は特別だ。政権の打倒では、彼らの要求を受け入れさせることではない。どこまで行っても、自由と民主主義は条件付きでなければ成立しない。大陸が首肯するはずがない。

 

共産主義は、立憲主義よりも民主主義との相性が悪い。共産党以外の政権を選択する自由は認められないからである。もし、共産主義を権威として、政治と分離できるとしたらその可能性はゼロではないが、果たしてそのような事は可能なのだろうか。

 

それは帝国日本やイランの統治体制と近似しないか。いずれにしろ、香港の自由を求めるデモは、どのような決着に辿り着けるのだろう。

 

大陸側からすれば、デモが飛び火しない限り、数年間燃えてもびくともしないと思われる。疲れ切るだけ疲れさせて疲労によって倒れてしまうのを待っている感じがする。少なくとも、彼ら自身の手で暴力的に抑え込む気はないはずだ。天安門で十分に懲りたはずだから。

 

ヨーロッパなど札束で叩けば、言論を引っ込めると見抜いているし、アメリカなどどうせ対立は避けられない。どうという事はない。所詮は内政干渉の一言でシャットアウトできる。

 

ヨーロッパを覆う問題の多くは周辺地域で起きている、特にイスラム圏での政治的不安定とそれによって発生する難民問題に起因する(それが問題の本当の原因であるのか、それともひとつの現象に過ぎないのかは別の議論を要する)。

 

彼らが本気で問題を解決するためには、難民たちを元の国に戻すしかない。そのためには、彼らの国に、非紛争エリアを構築するしかない。それをするにはそれらの国に出向てい軍事的に領域を支配するしかない。

 

シリアでトルコとロシアが試みているのは、そういう話であって、もちろん、クルドの人たちを追い出す事が目的の第一であるが、増加する難民たちを元の領土に戻すためには、相手国に深く入り込むしかない。これを内政干渉という形で拒否できる時代は過ぎつつあるかも知れない。

 

香港の市民の側に協力する周辺国家はないはずである。台湾でさえ、彼らを救うために艦隊を派遣するなどありえない。民主主義はなんでもかんでもヤンウェンリーのようにはいかないのである。例え中国と敵対する国家であっても、一帯一路で封じ込められているインドも手は出さない。カシミールでそれどころではない。

 

中国内のウィグル自治区との連携も不可能だ。つまり、中国全土に問題を飛び火させるような運動は不可能のはずで、そのような事になれば、どれだけ国際批判を受けようと物理的に抑え込むはずだ。

 

すると、将来的には必ず敗北するのがデモ側には確定していて、では、今回はどのあたりで手を打つのか、という現実的な問題に脅迫されている。だがら、警察は暴力化して、そのような解決を拒絶した。既に冷静な議論を受け入れる段階ではない。

 

この対立は香港をまっぷたつにした(人口構成比は9:1だろうか)という時点で、既に行政側は勝利しているのである。当然だが、林鄭月娥長官は、傀儡の代名詞として長く歴史に名を刻むのであるが、もちろん、彼女には彼女の言い分があろう。

 

当初、長官側が大陸からの介入を排除する事を最大の目標としていたのは確かと思われる。だが、大陸からの要求を全て撥ねつけるなど不可能なのだから、問題はどの辺りで妥結するか、落としどころだけの問題になる。

 

その問題が既に逃亡犯条例改正案の撤廃だけではなくなっている。香港の自由が掛かっている問題である以上、デモ隊が勝利する道はない。独立か、逃亡しか残っていないはずだからだ。すると、香港市民だってでは何を目的としているか、もう分からなくなっているはずだ。政府だって何を要求されているかなど分からなくなっている。どうせ全ては受け入れられないし、だからといって譲歩する気など双方ともにない。

 

結局、大陸は疲れるのを待つ、それだけの話しである。そして、エスカレートすればするほど、運動は暴力的になってゆく、近代社会において、市民と行政における暴力装置のアンバランスは、恐らく、合衆国憲法を起草した人たちが、修正条項第2条で懸念したことであろう。

 

催涙弾に対抗する武器を市民はハンカチしか持っていない。火炎瓶を持ち出してもそれで終わりである。彼らは銃を幾らでも持っている。このような状況に対して更なる武装化を求める人が出現するは自明だろう。デモを主催する人は、それがどれほど危険な方向であるかを知っている。デモ隊と暴徒では治安の名目が変わる。だが、全ての打つ手がなくなれば他に選択肢はなくなる。

 

警察はそこに誘い込もうとエスカレートしているのであって、ガンジーの如く非武装による行進などもう通用しない。催涙弾の痛みに耐えられる人間がいない以上、警察がやっている事は、暴行以外の何ものでもない。

 

香港で起きている事はデモを超えている。大学さえ警察は目の敵にしているという点で、この問題は明確になった。行政府は既に統治能力を失う寸前にある。問題の解決はデモ隊と警察の闘争に集約した。

 

警察官たちは、目の前の事象に自己判断でしか対応できない。命令に従って機動化された組織ではなくなっている。ここに至り、デモ隊は警察が大量に人々を虐殺するのを待っている、とさえ言えるのである。いつ虐殺が始まるか、それがデモ隊と警察との最大の関心事になっている。

 

デモ隊は警察が治安維持をボイコットすれば勝利、警察はデモ隊が倒壊すれば勝利、そういう状況にあって、行政長官の言葉はもう誰も聞く必要がない。どちらにしろ決着をつけるのは、デモが起きる場所である。

 

それまで対話には至らない。何を話あうか、誰も知らない。香港は2047年には資本主義を放棄する可能性が高い。今回の騒動をみれば、その頃にもまたデモが勃発する可能性が高い。

 

だとすれば、香港の人たちは2047年に向けて中国がどのような支配体制を構築するかに真剣に参加する必要がある。今のままの中国がその頃まで変わらないはずがない。経済圏はどうなっているのか、一帯一路がどうなっているのか。経済的強者のままだろうか、共産党支配は安定したままだろうか。ソビエト連邦の政治闘争と崩壊は、中国の将来にも何かを暗示するようだ。

 

多くの文化や宗教を含んだ多民族国家として中国は出発したが、その理由はたぶんに地政学的なものあり、中華民族というものを導入して周辺地域を取り込んだのは、ロシアやインドとの国境が原因であろう。

 

だから周辺の自治区が経済的負担となれば切る捨てるオプションは常にある。中国は巨大であるが故、その統治には無理が生じやすい。それが彼らに致命的な何かを突き付ける可能性がある。

 

これほど巨大な国が強権的な共産主義以外で抑え込めるはずがなく、民主主義などもってのほかのはずである。10億の人がトランプみたいな人を選ぶ狂気と比べれば、共産党内の熾烈な競争で淘汰される人材登用は余程に穏当なはずなのである。

 

香港の警察官たちは、恐れるべきだ。ナチスの高官たちは70を超えても、その罪を追求された。国外逃亡しても拉致されてイスラエルに連れてこられた人もいる。同様に彼らが70,80才になっても2019年の罪を追求されるかも知れない。その恐怖を彼らが持っていない事実が、香港の将来を暗示しているようである。

 

打開策を求めているのはデモする側も同じだ、世界の誰も、それを提示できない、それが香港デモの特殊性と思われる。

  • 中国からの独立はありえない
  • だから香港も共産主義以外の政治体制はありえない
  • 300万の市民が難民として亡命できる場所はない
  • 共産主義が欲するのは経済的成長
  • 香港が特別なのはその点が重視されるから
  • 経済的成長が途絶えた時、中国がどうなるかは不明
  • 世界に中国に対抗しうる国家は存在しない(匹敵する国はある)
  • インドは潜在力で、アメリカは現在の力関係で
  • 世界の半分を支配するには中国の現在の統治思想は貧弱 

 

つまり中国が本気で世界の半分を支配したいのなら、現在の共産主義では足らない、という事になる。そして、その先に民主主義は選択肢にないはずだから、自由と共存しうる共産主義の開発が喫緊の課題のはずである。それに失敗した時、恐らく中国も瓦解する。少なくともソビエト連邦と同じ道が通用するとは思えない。