キルギス星人で調べて始めた知ったのだが、デザインしたのは池谷仙克という人らしい、成田亨の弟子とのことだ。
成田亨はウルトラマンのデザインからヒューマンなどオリジナリティ溢れる設計をした人である。
池谷仙克はその成田亨の跡を継ぎ帰ってきたウルトラマンではタッコングやツインテールを手掛けた。キルギス星人はシルバー仮面に登場するが何か情熱とか才能が感じられるデザインと思える。
もちろん、デザインが幾ら良くても作品が失敗することはある。旅猿11で満島ひかりが言っていたのが、映画は監督のもの、ドラマは脚本家のもの、舞台は役者のもの、と言う話。どこにもデザイナーの名前は出てこない。
だが誓ってもよいが、どんな作品も一番最後まで残るのはデザインである。人々がガンダムのストーリーを忘れて果ててもガンダムのデザインが忘却されることはないはずである。
そう考えると70年代にデザイナーたちがやろうとしたことがリメイクされることは悪いことではない。あの時代がいかに宝の山であるか人々が気付いたという事だ。優れたデザイナーを自分の力でリビルドする仕事は誰もが羨まむに違いない。
当然、春木屋理論がそこには厳然とある。前と同じ味では決してお客さんは認めてくれない、先代の味をはるかに凌駕して、初めてお客さんは先代と同じ味だ、と喜んでくれる。
シルバー仮面で光三を演じたのは花神で寅次郎を好演した篠田三郎。ウルトラマンタロウの人といったほうが早い。大河ドラマでの熱演といえば、蟹江敬三の翔ぶが如く寺田屋事件での説得シーンも忘れ難い。
レッドバロン(1973)は見たことないが、マッハバロン(1974)とほとんど同じ造形だったと記憶している。もちろんマッハバロンも見た記憶はない。
シルバー仮面(1971)といえば、普通はアイアンキング(1972)を思い出すのが自然な流れなのは、造形がよく似ているからだろう。その系譜にスペクトルマン(1971)があって、ヒューマン(1972)がる。ぴかぴか光るヒューマンのデザインは他を圧倒しているかとも思うが、好みとしてはアイアンキングだ。これにミラーマン(1971)とジャンボークA(1973)を入れるとだいたい巨大化ヒーローの集大成になるか。
この巨大化ヒーローはしかし時代的には短命であって、その後はずうっとメカ系が主流である。巨人の時代が終わり、等身大の人類が巨大メカを駆使して活躍するというパターンは、もちろん、北欧神話の巨人族の滅亡とは何も関係すまい。ラグナログと関係深いのは銀英伝やガンダムの方だ。
巨大メカの嚆矢はゴレンジャー(1975)だと思うが、バリブルーンというガッチャマン(1972)でいうところのゴットフェニックスが、後続のシリーズではたちまちロボットに変わって定着する。大巨人17(1977)がそのひとつの頂点であろうと思うが、ま、やってることはジャイアントロボ(1967)の焼き直しである。
70年代がリメイクの宝庫であることは間違いない。だが、どれだけCGを頑張っても、やはりリアリティを込めるには物理学が必要である。幸いこの国には優れた学者が何人もいるのだから、話を聞きに行けばよいのである。そのうえで、タイムトラベルが説得力をもつシナリオを書けばよい。それしか手段がない、というところにどう追い込むかが物語の肝になるはずだ。科学的という点では Dr.Stone が面白い方法をとっている。