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織田裕二「SUITS」2桁割れ8・9%

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視聴率とドラマの面白さがリンクしていると考えるのは、社会的な価値観に自分の価値観を下請けさせているようなものだから、面白さの判断を他に託して何が面白いのかという気もするが、実際にテレビ局がこの数値によって右往左往するのであるから、無視できない数字である。

 

なぜこの数値が重要かといえば、テレビ局のビジネスモデルは広告にあり、広告を打つ以上、どれだけの人の目に触れたかが重要であるからだ。そういう意味では NHK が視聴率を気にするのは公共放送からの逸脱であって許される行為ではない。

 

広告を出す側は、同じお金を払うなら、より多くの人の目に触れるほうがいいと考える。当然だが、そこから先のアピールはテレビ局の仕事ではない(そこを含めてアイデアの提供ができるようになればそれもビジネスである)。テレビ局はあくまで自社のコンテンツで人を集める所までが仕事である。場の提供といえるだろう。

 

だから社会が右傾化すればそういう番組を作成するのも当然であって、彼らにとってその結果、社会がどんなに混乱しようが it is not my business である。何人かの政治家が右傾化することで次の選挙である程度の得票数を得ようとするのと同じ動きだ。

 

だから、彼らにとって視聴率が下がるのは問題であって、多くの人の感受性と合わないのであれば、何らかのてこ入れが必要という話になる。こういうのはアメリカのドラマでもシビアでにあって、自分のお気に入りが何度打ち切りにあったことか。よくある話である。

 

織田裕二を面白いと思ったのは「IQ246〜華麗なる事件簿〜」だった。独特の間を作る、その空間の面白さが楽しくて、そういう意味では織田裕二は演技者というよりも声優に近い。

 

最も日本の俳優の殆どは演技というよりは声優であって、肉体(顔の筋肉、首の筋肉、体全体の動き)を使って何かを表現するというよりは、声の演技で魅せるものである。見るに堪える程度のビジュアルがあれば、それで十分なのだ。

 

織田裕二はそれでも顔の表情がワンパターンと雖も、しっかりとした味付けをしてくれる。それは毎度毎度、どの作品も織田裕二であるのだが、この空間が気に入ったならこの船に乗れ宜しく、それで満足する。くだらない演説だろうが、臭いセリフだって楽しい。

 

だが、それは織田裕二単体の魅力ではない。一般のドラマは独り舞台とはいかないし、それでは魅力は半減する。ステーキだって塩を振らなければさほど美味しくないのと同じだ。

 

彼の空間は多くのそれ以外の俳優陣が支えている。その支えがなければ簡単に崩壊する。そういう点では SUIT の世界観を支えているのは鈴木保奈美小手伸也である。この二人がよいアクセントを出しているから、掛け合いは悪くない。

 

もちろん、東京ラブストーリーのオマージュというようなスタッフの自己満足臭が少しでもすれば視聴者は離れるだろう。どうもフジテレビの過去への依存体質、失った栄光への憧憬は辛い。その体臭は未だに抜けきっていないようだ。

 

そういうのに足を引っ張られるのもなんだかという気はするが、基本的に録画して1.25倍速で見ているので、いらないシーンはスキップすればいい。詰まらない所を取り除けば十分に面白い。

 

この作品では、小手伸也の使い方がキーである。鈴木保奈美はその役割を十分に果たしている。所が、ライバルはどこかで真正面からぶつからなければ面白くない。そういう挿話はどこかにあるはずだ。この人は、今のところ、典型的な嫌な奴を演じているだけである。本話ではただの無能にまで成り下がっていた。

 

こういう重要なライバル、対抗馬をおざなりに描くとドラマは途端に重厚感が失われる。現状を、爆発する前の収縮と考えているのか、どうかは知らないい。彼がメインとなる話がどのようなものになるか、今から楽しみである。

 

その一方で新木優子は、もうひとつ印象が残せていない。これは彼女の演技力が悪いのかそれとも演出の力不足なのか。もう少し上手い使い方があるはずだが、うまく機能していない。恋のライバル感も出しているようだが、そもそも無理がある。そういう展開にすべき話ではない。

 

織田裕二、中島裕翔のW主演の中では、これ以上、入り込む余地がないのも運の悪さではなかろうか。いずれにしてもこのキャラクターには魅力がない。演じるのが彼女でなくてもいいし、この役がなくなってもドラマの運行上不都合がない。

 

織田裕二の空間というものが大前提にあって、それを支える配役、彼を持ち上げる役者、彼と対峙する俳優、事件と解決、そういう構造がある。HEROは木村拓哉のための作品であったが、脇役がうまく支えていたから成功したと思う。脇役が印象強く残っている。それを可能とした根本にあるのは脚本の良さだ。

 

本話のラストシーンはシリアスさを醸したかったのかも知れないが、どうでもいい話だった。突然明かされた元夫の話など誰も思い入れができない。不倫で別れたとか聞いても、どう見たって鈴木保奈美の方がいい女じゃないか。そもそも、そういう演技ができる女優じゃない。

 

そういうどうでもいい所にしんみりとしたシーンを作っても見てられない。録画していればこんなのスキップして終われば満足するわけで、この辺り、監督と脚本の趣味は自分とは合わない。鈴木保奈美では女のみじめさとかは少しも出ないし、本作でもそういう面は求められていないと思う。