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「イランがタンカーから機雷外した」 米軍が映像を公開、イランは関与否定

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もしアメリカ・イラン和平が成功したならそれを仲介した日本も含めてそれぞれの首長たちはノーベル平和賞を受賞するだろう。だからそういう出来レースがあっても不思議はない。そもそもの発端はトランプの一方的な離脱であったのだから。

 

だが、アメリカからすれば、これはイスラエルが絡んでいる案件であると予想する。すると、大統領選挙でユダヤ系の人々の支持を得る、そういう思惑が見えない訳でもない。ならば、アメリカの条件はイスラエルにとってのイランという脅威の排除であって、中東の平和など眼中にない事は明らかである。実際にシリアもイエメンもスーダンも、それほどの関心を持っているようには見えない

 

ではなぜイスラエルにとってイランは脅威であるのか。それは他のアラブ諸国の中で、今でも先頭を切る勢力だからであろう。その中で唯一優位に立つかもしれない勢力だからであろう。その他のアラブ諸国はある意味では日和見的な立場を堅持している。これは中東戦争の経験によるものだろうし、またスンナ派シーア派の対立もあるだろうが、もし状況が変われば中東は一夜にして変わる。だから注意が必要なのだ。

 

なぜイランはイスラエルを許さないのか。これは恐らくは宗教的な理由だろう。恐らく日本人には心底理解できない(イラン人の全てが理解しているとも言わない)。だから、我々はそれを尊重しながらなんとか別の道はないかと提唱するしかない。

 

イラン革命は、CIAの失敗に端を発しているが、イラン国民の支持を国王が失った事が大きい。その原因は、文化、経済的なものではなく、結局は市民を弾圧した秘密警察への反抗であり、それは国王による独占、独裁に対する反感であった。

 

イランは、戦前の日本にとても近いと感じる。政治体制でも多くの点で類似しているように思われる。

 

法学者を頂点とする点は、天皇と同じ立場に見える。大日本帝国では、輔弼という形で行政、立法、司法が存在したが、これはイランも同様のようだ。特に日本帝国陸海軍は行政の一部にありながら、統帥権による独立性の高い存在であった。法学者が軍の最高指導者である点とよく類似する。

 

また憲法を持つが、恐らくイスラム教が憲法の上位にある。この点が立憲君主といいながら、憲法の上位に天皇を置いた日本ともよく似ている。憲法の理念も天皇の自覚も立憲君主であったが多くの国民はそう感じてはいなかった。

 

最高権力者を持つから、逆に言えば、そこさえ抑えてしまえば国を乗っ取る事ができる。そういう国家は危うい。昭和天皇でさえ暗殺の危惧を抱いていた。もし臣下が礼儀正しく拳銃を向けたら逆らう事はできまい。日本ではそれは起きなかった。その代わり、クーデターが頻発した。このクーデータを鎮める事が日本政治の最大の使命となり、その片手間で中国大陸に進軍し、アメリカとも戦った。

 

イランも同様であると考えると、非常に危ういバランスにあると思われる。彼らが核を本気で必要とするならもう北朝鮮から入手しているだろう。そうであっても不思議はない。だが、保有する事が何を意味するかも自覚はしているような気はする。いや、本当にそうであろうか、これが分からない。いずれにしろ誰かひとりの決断で国が動く事は危うい。同様に多くの状況から追い込まれるようにどこかに向かう状況も危うい。それは選択肢がない状況だからだ。

 

公式には決して言えない事がある。当然、今回の交渉でもそういう話があったと考える。安倍晋三も決して口外できない話を持っていったはずだし、トランプとの間で擦り合わせもしたに違いない。

 

だが、同時に和平に反対する勢力もいれば、これをよい切っ掛けと陰謀を巡らす人々もいる。タンカーの爆発炎上を見て、柳条湖事件りゅうじょうこじけんを思い出した。この時も確か日本は事件を否定した。もちろん、世界中はそんなことを信じなかった、リットン調査団でさえ欺けなかった。

 

だからといって、これがイランが起こしたものとは言えないが、タンカーの近くで作業をする船が写真に写っており、これが、革命防衛隊の船であるという話も聞く。そういうのがアメリカであるし、写真の日付も分からないし、最近は合成も簡単だそうである。我々が真実を確証する術はない。

 

だが、イランの現状は、かつて日本が辿った道にとてもよく似ているから、この一連の流れは、我々の歴史の再体験でもある。もし、当時の失敗を取り返せるならば、どこであったか。それを考える時、イランはどのような道を取るべきか、どうすることが望ましいか、という事について考えざるを得ない。

 

もちろん、現在のイランでは、同性愛者は死刑にするし、家の中で踊る動画をアップした女性が逮捕される。僕はその思想は同意しないが、それはイランの人々の問題であって、どれだけ弾圧が激しかろうと、死さえも厭わぬデモが起きれば、そりゃ政権は倒れるとしたものである。戦争で倒れるべきではない、自分たち自身で道を選ぶ方がいい。

 

その結果が日本では敗戦であった。誰もそれを望んで進んだのではない。明らかに予期せぬ結果であった。夢を見るように中国大陸に進み、幻想を追いかけてハワイに向かった。我々は誰も現在の国家を望んで設計したのではない。落ちそうな中で懸命に手を伸ばした時、たまたまアメリカの手があっただけだ。一歩間違えればそれはソビエトであったかも知れない。だが、今となればアメリカで良かった。日本国憲法に刷新されそれを気に入っている。

 

イランがどのようなイスラム共和国を築くのか、そこに新しい試みがあればと考える。だが、今のまま進めば良い結果は起きそうにない。イランの望みはどこにあるのか、アメリカの望みはどこにあるのか。それぞれに妥協を迫る必要がある。和平交渉とはそういうものだ。さて、アメリカはどこまでなら妥協してくれるか。

 

我々は自ら変わる事など誰にもできない。周囲の環境を必要とする。同様にイランにも妥協は必要のはずだ。もし必要なら、彼らはイスラム教を更に読み込み、その中に何かを発見する必要があるかも知れない。それはありそうにもない話か。ならば決裂である。

 

ある意味、アメリカが最も懸念しているのはイスラエルが核を使用する事であるのかも知れない。それだけは絶対に阻止する、これが彼らの目標ではないか、それが結局は中東の平和を維持する道と信じているのなら、何もかも分かった気がする。

 

そのためならパレスチナ人が虐殺されようと、イラクと滅茶苦茶な戦争をしようと、シリアがどのような混乱に陥ろうと優先度は低い。当然だが、イランを焼け野原にする事にも躊躇しないだろう。