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書き溜めの集積場

座間9遺体 部屋に診察券 埼玉の高校生ら6女性身元浮上

mainichi.jp

 

シリアルキラーというのは何年もかかって偶然に逮捕されるものだと思っていた。アメリカの事例を詳しく知っているのではないが、有名なのはそういうのが多い。日本でも監禁していた犯人が見つかるまでに何年もかかっているなどの事例がある。

 

実際にはほとんどの事件は数か月で解決している。世に著名なものはその異様さから長期間続いた側面もあるようだ。

 

本件の二か月で10人も異常だと思うが、それ以上に異様なのは、隠蔽のお粗末さである。もし、これが地方で、隣近所と数百mも離れていれば、発覚するのはもっと遅れたであろうか。

 

強烈な悪臭に対して都市部がほとんど無関心、または、行政が出動して有効な対策がされた形跡がない点も興味深い。

 

人を始末したことはないが、遺体をどう処理するかは、何年かアメリカのクライムサスペンスを見ていれば自然と分かるものである。日本でも、下水から歯を治療痕跡が見つかって確定した事件もある。

 

この発覚はお粗末であるが、それゆえに10人で済んだ。都市では行方不明になった人を探しだすことが如何に困難かが分かる。チップを埋め込まれた犬猫の方がまだ発見しやすいのだ。

 

思えば、アメリカの銃悲劇においても、あれだけの銃を所有しながら、どうも死傷者数が少なすぎる気がする。もっとまじめにテロをしろと言いたいくらいだ。

 

逆に言えば、これは突発的に起きたから防げなかったものである。だからあの程度で済んでいるのだ。もし計画的に行われたならばあの程度では済まない。と考える事もできる。ならば、アメリカの捜査当局は、計画性のあるものは前もって抑え込んでいる、と考えるのも合理性がある。アメリカはあれらの悲劇は仕方のないコストとしてカウントしているのかも知れない。

 

同様に日本の警察も行方不明者の膨大さに対して、かつ、調べようにも手掛かりの薄さから、見過ごすしかないコストと考えているのかも知れない。

 

これは人間がやることだから仕方のない話だ。マンリソースは無限ではない。しかしこの悲劇の発端になった兄の調査手法は極めて有効であって、それを一般人が行えて、警察にはできなかった事も注目すべきだ。

 

SNSにある膨大な情報(公開されている)を、人間が解析するのは不可能としても、AIを使用すればできるはずだ。そして適切にアラームを上げる仕組みが組まれれば、もっと捜査に活用できるかも知れない。

 

どれだけ捜査手法が高度になっても、この犯罪の不可解さは残る。どうして犯行に及んだのか、どのような快楽性、常習性、依存性があったのか。この行為には残虐性さえあるかどうかが見えてこない。何か機械的にたんたんと殺しているかのような違和感さえある。

 

だから、殺したのはこの人ではないのではないか、という考えさえ浮かぶ。分からない、そして、テレビで語るコメンテータでは、面接もしたこともないのにお話をして終わる、警察関係者や依頼された心理学者が面接する頃にはこのニュースは忘れ去られているだろう。

 

そして弁護士が心神喪失で戦おうとした時に、もう一度取り上げられる。肝心な話は何も分からないまま一過性の出来事として忘却されるのだ。しかし記録がインターネットに残る。それがこれまでと違う点だ。インターネット上にはコンクリート詰め殺人事件の犯人の名前も見つける事ができる。彼らは今からでも死刑にすべきだ。

 

それと比べると殺し方に残虐性が感じられない。するとあまり狂気を感じない気がする。まるで家で見つけたアリでも殺すかのように人をたんたんと殺しているかのようだ。

 

人をたんたんと殺してきた話など歴史上に幾らでもある。切り裂きジャックよりもずっと前からあったはずだ。それは今の世界にもたくさんあるはずである。我々はその精神構造がどうなっているかは未だに分からないでいる。脳の障害であるとか遺伝的性質であるとか様々な説がある。だが人間が短絡的な仕組みでない以上、ただひとつの原因などというものは考えられない。

 

人は複合的な様々な原因が重なって人を殺すようになると考える。すると、逆に問うなら、人間はどうやって人を殺すことをできるだけ抑制しようとしてきたのかと言うメカニズム、その先を考えれば、生命が集団にあって、どのような原理性で維持していこうとするのかという話に辿り着く。共食いをする種がもし知的進化したら彼らはどう考えるであろうか。

 

彼は一種の殺人依存症なのだ、という考えも出来るし、なぜいきなり人なのか、という疑問もある。普通は犬猫で予行演習するのが相場だ。

 

事務的に殺してゆくので著名なのはアイヒマンであるが、この犯罪はそれとよく似ているように感じる。一週間に一人というペースは性的な快楽殺人であれば分かりやすいが、どうもそうではないようだ。

 

ならば何だ、というのが多くの人に戸惑わせる。今のところ、寄生獣にでも取りつかれて餌を必要としたのだ、という方が説得力ある。

 

更に。

 

1億人のうち、100万人にひとり、こういう癖を持つ人がいるとする。すると国内にも100人いる事になるが、そのうち9割は発動する事なく一生を過ごすとする。すると残り10人。

 

彼らが覚醒するのは、野生動物と同様に偶然によるだろう。つまり良い狩場を見つけた個体だけが向かうのだ。田舎すぎる立地だと、見知らぬ人が頻繁に接触していると相当に目立つだろうから発覚もしやすい。するとやったとしても、ひとりふたりで終わりそうである。

 

その点では都市部の方が起きやすいと言える。しかし、遺体の隠し方は難しいし、監視カメラなどで足取りも確認しやすい。AIを使えば膨大な映像の中から特定の個人を見つけ出すのも不可能ではない。

 

もし数kmにおよぶ私有地があれば、隠すのは簡単に行える。約束のネバーランドのような人間牧場さえ実現できるだろう。

 

するとコミュニティにおける個々の繋がりが重要である。それが強い抑止効果になる。だから、一瞬とはいえコミュニティから繋がりが切れた瞬間を狙うのがこの犯罪の肝にある。

 

この国の犯罪の歴史には幾つかの分岐点があった。それに対して司法が如何に無力であったか、または如何に立ち向かったかは面白い話である。当然、司法の劣化も含めて。

 

この事件はとても現代らしい点も含むが、この人間性は決して現代に特有のものではないと思う。いずれにしろ情報不足。

 

この事件の不可解さとは何か。

  1. 殺人の心理的欲求は何であるか
  2. 殺人欲求が一週間しか持たない理由
  3. どうやってこの狩場を見つけ出したのか
  4. 異臭騒動に対して行政が有効に動けなかった理由
  5. なぜ死体の始末がこんなにもお粗末なのか
  6. 犯人の交友関係はこの事件と無関係なのか

 

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