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書き溜めの集積場

室町時代の日向灘地震「なかった」 東大研究者ら指摘

 

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当然だが、この研究は「なかった可能性」を指摘しているだけである。朝日新聞がタイトルに「なかった」と断言しているが、実際はそうではない。

 

そういう点は朝日新聞も、やっていることは東スポと変わらないわけで、これでマスコミとか、ジャーナリストと堂々と名乗っている分だけ、東スポより救えない。

 

新聞のタイトルは煽るのが仕事と雖も、その積み重なりが社会に与える影響は決して小さくないと思われる。その割には、新聞や雑誌はタイトルの特殊性について説明することはない。そこが彼らの飯の種だからだろうか。

 

天皇陛下が戦争の報告を受け、「サラトガが沈んだのは今度で確か4回目だったと思うが」と指摘した話が有名になったが、言った当人は全く覚えていないわけだ。それでよく戦争ができるね、と苦々しく思ったであろうが、目の前の当人を叱っても仕方がないとも思ったであろう。こいつも報告書をだだ読みしているだけなのである。

 

それを元ネタまで辿れば、沈めたと思ったのになぁ、また出てきたよ、とかって所でケリがつくように出来ているのである。

 

つまり、情報の信憑性よりも、それが誰に報告されるか、そこに瑕疵がないこと、の方を重視しているわけだ。内容よりも情報の流れの方を重視する。そこにひとつの特徴がある。

 

情報の流れとは、つまり、より組織的な構造を持っているという事だ。何の情報を、ではなく、どこに、が大切なのである。組織の中で情報が滞らない事を重視するのは当然だ。その中で相手を気持ちよくするための報告が大切なのである、と言えるだろうか。軍人らにとって天皇陛下が極めて稀な名君だったのが計算違いだったわけである。

 

誰を気持ちよくするか、というニュースは現在、絶賛 世界中を席巻中しており、その中でも最も著名なものがトランプのフェイクニュースであろう。トランプの言い分はただのいちゃもんではない。マスコミにも決して瑕疵がないとは言えないのである。

 

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