10 million bugs from my attempt @nanoris

書き溜めの集積場

「救急車でコンビニ等に立ち寄り飲料水等を購入する場合があります」

news.biglobe.ne.jp

 

一般的に可笑しな人というのは存在する。その人の常識では理解できない他人の行動は存在する。それは基本的に無知と言って良い。そしてそれはお互い様でもある。

 

そのうち、救急車のような不吉なものは一般道を走らずに裏道を走って欲しいとかサイレンがうるさいので消して走って欲しいというクレームも寄せられるだろう。というか既にあると思う。

 

一般的な私企業なら顧客を選べる。最悪、立入禁止措置を取ることも合法だ。会員限定という店も腐るほどある。

 

この流れで言えば、私立大学がどのように入学者を選ぼうが勝手だ。学業で選ぶもよし、寄付金の額で選ぶもよし、便宜を図る親の地位で選ぶもよし。

 

裏口入学が問題なのはその方法論ではなく、一般に公開していないことのアンフェアさにあるのではないか。しかし、公開しないことが本当に許されないことか、どちらかといえば、非公開の方法があっても構わないのではないか。そのような方法があることが周知された時に、世間からの信頼が失墜する、それ以外の問題はないと考える。もしそれが許容されたなら問題点はすべてクリアされたと言って良い。

 

市役所の様々な制度だって殆どはこっそりと通達されて一般市民が知らないケースは沢山ある。一部の弁理士共産党の人しか詳しくないケースはざらであろう。

 

なぜそうなるかと言えば、予算がないからである。大々的に告知したら幾らお金があっても足りない。基本的にこの国の人間は必要なくてもタダならもらわないと損という卑しさを持っている(おそらく世界の人も同じだ)。

 

官庁の雇い主は市民だ。不特定多数、匿名の人たちである。バカいってんじゃないよ、と一蹴するのは簡単だ。でも、その相手が県議だったらどうする?という事は電話に出る人は必ず予想の範疇であろう。

 

県議程度ならまだやりようはあるだろう。それは国会議員かも知れない。反社会的勢力の可能性も捨てきれない。トラブルを起こして金をふんだくろうと虎視眈々と狙っている存在も考慮しているに違いない。

 

クレームもよくよく聞いてみれば道理があるのかも知れない。昔はそんなことをしなかったではないか、という違和感を感じたのならば、今はそれをしなければならない理由があるはずである。それは知っておきたい。それも当然かと思う。

 

柔軟な運用に例えば、交通警察の法定速度がある。一般的には超過しているからといって全てを取り締まるわけではない。だが、いざという時にはこれを使って取り締まりをかける。運用の妙によって使い分けるのは、上手く行っている時にはとても便利である。

 

問題は、新しい上司が今後は厳守するようにと言った場合だ。どうも共産主義がこうなりやすいようで、現場の運用というよりは上意下達、上ばかりを見る点数稼ぎ、出世主義に陥ると、このような硬直が起きやすいようだ。

 

クレームを跳ね返すというのはそう簡単でない、こういう訳わからん輩というのは大抵が粘着質である。周囲の友人も消えてしまって、官庁の窓口以外に電話する相手がいなくなってしまった人かも知れない。

 

もしかしたら電話する内容などなんでもよくて、口実が欲しいだけかも知れない。無条件に叩けて、絶対に反抗してこない相手をよく知っているわけである。自分を無碍にしない存在、それだって市民だ、そういう人こそが市民である。

 

官庁はどういう対策を取るべきか。となると、ご理解をいただくしかない。それが最もコストが低い。彼らは法的な対抗手段を持っているわけではない。クレームは聞くものなのだ。行政は市民の声を聞く義務を負っている(民主主義だから)。

 

クレームの中には益なものもあれば、無益なものもあろう。それはひとつひとつ検討するしかない。だが、消防署の人材だって完璧なわけではない。全員が同じ考えのはずもない。同じ事象でも真反対の意見をする人が内部にも居るはずである。それは市民と同様である。

 

消防局と雖も、ちょっと手綱をゆるめば風紀が弛むのは容易い。だから厳しく律さないといけない。と同時に状況に合わせて普段はしない事も許容する場合がある。彼らは前例主義だから一回許可すれば、それが常套になる。

 

例えクレームを受けても、その場で回答できるケースは少ないだろう。現場の状況を聞いて、それが妥当であるかどうかのヒアリングをする。その上で処分を決める。クレームがあったから注意されたのか、それとも規律の緩みと判断したから注意を受けたのか、それさえもこの記事には書かれていない。

 

我々はニュースによって右往左往する、そして現場を知らずに話を進めるという点ではクレームをした人と同じだ。現場で起きた事について検証を重ねるために組織として検討をし、指針を作り、これならば運用として大丈夫だろうと決断をする。その内実を知らずに深く話をすることは難しい。

 

非難をするのは簡単だ。賛同をするのも簡単だ。なぜなら、簡単に決断できる程度の情報しか与えられていないからだ。ニュース記事の多くはそういうものだ。

 

インタラクティブにニュースを検証できる時代になれば良いのに。。