吉高由里子、『光る君へ』初回“過去最低”でも前向きマインド「下剋上大河として…」

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初回は軽く見る。見て決める。

 

時代は平安である。清少納言紫式部藤原道長の時代である。この時代は貴族による統治が明らかだが、日本歴史においても、どのように末端まで権力構造が構成されていたかは全くの不明である。

 

天皇の所有という考えは早い段階で破綻し墾田永年私財法を必要とした。つまりは社会主義の破綻、資本主義の私有の導入は別に20世紀まで待つ必要もなかった。一方で荘園が生まれ、貴族階級の支配という事をどのような根拠で正当を得たのか。

 

何の背景もなく宣言だけで所有を認めるなどありえない。ロシアの農奴でさえ何らかの根拠があって人々は従順に従ったはずなのである。

 

京の都で貴族が蹴鞠していたら国が動くなどあり得ない。日本中に荘園が成立し、そこに開墾をする農民があり、収益を纏めて租税として京都に集める仕組みが確立されている。その資産を使って政治が動く。その結果として、国の隅々まで国家の令が行き渡る。

 

電信も電話もない時代である。そもそも平安時代はどうも武力に疎いイメージがある。しかしそんなはずがある訳がなく、夜盗を押さえつける機構は必ず存在していたのである。警察、裁判というものなく政治が成立するはずがない。

 

京都から福岡に左遷させられる人もいた時代である、新幹線もない時代に、街道を整備し、移動の安全も確保されていた筈である。それをどうやって成り立たせていたのか。

 

貴族どもが遊んで和歌を歌えば政治が動く訳がない以上、国を動かすための業務がある。貴族は官僚組織の一員であるから、そういう労働をしていたはずなのである。

 

武家社会なら武力を背景に、戦闘で決着を付けるという事が理解しやすい。この単純化な図式があるので、何をどう複雑に描こうと、最後に生き残った者が勝利なのである。この図式に今風の基本的人権だの正義だの人道を組み込むから大河は詰まらない。胆力さえ小さく見えるのである。勝手に泣いてろ。

 

その点で平安時代の貴族を中心に描くなら、時に華麗に、時に優雅に描きながらも、国を支えた官僚組織としての優劣、仕事ができるとはどういう事か、反乱を起こす者たちを誰が押さえ込んでいたのか、治安を乱す者は取り締まる、裁判を受けさせる、そういう生活を地道に描いて欲しいのである。

 

地方の疲弊の上に咲いた徒花としての平安時代ではお話にならないのである。単に政争で勝ったから権力を掌握できた程度のお昼のワイドショー、または新聞の政治部の記者程度では、物語が動くはずがないのである。

 

だのに作品の第一話の初っ端なから貴族たちは政争にのみ勤しんでいる。出世のための政略だけに興味を持った人物像、それが脚本家であるお前の方法論か。そこで白けた。そんなもので国が立つはずがない。平安京という狭い世界では成り立っても国家がそれで維持できるはずがない。平安貴族の日々の業務への空想が足りない。

 

そんなものに触れてあれだけの作品群が平安時代に生まれたなど信じない。平安文化の頂点は小説と随筆と日記である。それらは和歌、短歌の豊穣な実りの上に咲いた。

 

その辺りを描く気はないらしい。たぶん、ゴシップ誌を読むように誰と誰がくっついただの寝とっただの、そういう物語性を全面に出すのなら、まだ面白みもある。大河版文春砲を軸に物語を描いてゆく。清少納言紫式部もゴシップ記者である。

 

宮中での争いを、そこで揺れ動くゴシップを記者として搔き集める、それが自分たちを有利に動かすため、だけではない。根っからのゴシップ好きなのだ。そういうのが楽しいのだ、そういう清掃納言、紫式部の生き方の先に、ゴシップに飽き飽きした所から何かを書き始める。そういう作品であってもいいのではないか。

 

何かに我慢ができずに小説という形にした作家たち、道長が楽しみにしている、続きを催促される、それは嬉しい事なのだけれど、本当に自分が描きたいものは何であろうか、と考える。そういう話なら見たいと思ったかも知れない。

 

雰囲気としては、平安時代は軽やかでないといけないと思う。あわれとか悲しみを主題としながらも軽やかなスキップを踏んで飛び越えてゆくような。