政府、辺野古埋め立て工事加速へ=南西配備推進、かすむ負担軽減

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最高裁の判決は是非に及ばず、何故なら経過に過ぎないから。これで終わりでも始まりでもない。次第に手段が過激になるだけで幾らでも打つ手はある。孫子も言っているはずである。敵の軍師になったつもりで考えれば自ずと答えも見つかると。

 

最高裁の判決は公開されている。

令和5年(行ヒ)第143号 地方自治法第251条の5に基づく違法な国の関与(是正の指示)の取消請求事件 令和5年9月4日 第一小法廷判決

 

その骨格は、国家は後出しじゃんけんをしても勝てるに尽きる。この判決で沖縄に出来る事は更に過激にならざるをえない。

 

しかしこの判例そのものは沖縄も歓迎すべきであろう。なぜなら今後、アメリカ基地を他都道府県に移設する場合にも国家の方針に反対できる地方自治体は存在しない事が明記されたからである。九州、四国などへの移設は検討の余地がある。

 

しかし、どこに基地を配置したいかは日本の要請ではなく、アメリカ軍の戦略である。対抗すべきは中国であるから、沖縄に主要基地を集中させている是非は国際関係で移ろう。

 

実際に戦争を仮定するなら一箇所に全てを集中させるはありえない。相手から狙われるのが確実だから。相手を攻める場合も数か所に基地を配置する。

 

そして対中國を考えた時に沖縄は攻撃目標になる。真珠湾を壊滅させられた事で太平洋で身動きが取れなくなった米軍と状況は類似する。だから分散は必須と思われる。北朝鮮はグアムに届くミサイルを実用化したいのも理由がある。

 

故にアメリカとしては沖縄が破壊された時に次の手が打てないのを理由に撤退する名目にもなる。別の基地をベースに作戦を継続したいと考えるなら既に要請は出している。それらは戦争をどう推移させたいかという政治の要件であって、軍の要諦でさえない。それはアメリカが中国にどこまで譲るかによって決まる。

 

併せて運用する兵器の性能や諸元が地理的要件を決定する。沖縄であるための絶対条件は台湾であるから、台湾有事においては沖縄は全島をあげて台湾防御のための機能を優先する。

 

それは台湾からの難民受け入れは沖縄ではやらないという意味にもなる。当然九州で行う事になるはずで、その時に県には拒否権はない。熊本県はそのために工場誘致をしたと言ってもよい。

 

アメリカは当初からソビエト、ロシアの南下に対しての戦略には即応しなくてもよいという点で沖縄の基地を集中した。ここにアメリカが要るだけで抑止力となってプレゼンスを発揮する。

 

よってもしロシアが北海道に来ても、そこからどうするかを決定する。状況には臨機応変で応じるにしても基本は後から取り返す事を基本とする。おそらく一回取られたら取り返すのは困難である。それが分かっているからアメリカが取り返す準備ができるまで防衛する、これが自衛隊の基本戦略となっている。

 

その状況のまま冷戦が終わりソビエトは解体した。ロシアが脅威の間はそのままでもよかった。その後にロシアは没落し中國が台頭してきた。現実的に考えるならこれまでと同じ基地配置でいいはずがない。恐らく沖縄では中國に近すぎる。所がアニメとは違い、そう簡単にぽんぽんと基地を引っ越したりはできない。地政学とはそういうものだ。

 

中國は沖縄が欲しいだろう。よって本気で米軍を追い出したければ、沖縄としては中国を島内に呼び込み、独立を目指せばよい。沖縄人が独立したなら、アメリカは日本ではなく独立国沖縄と交渉する事になる。

 

沖縄が独立を実現するには日本もアメリカも役には立たない。中國を取り込むしか選択はない。もちろん、重大な法律違反であるが、独立してしまえば日本の刑法など紙くずであるから問題ない。

 

もちろん、この場合は、アメリカの基地を追い出すのと、中國の国土に組み込まれるのとどちらを選択するかという選択になる。ちょっと沖縄の中国化は難しいと思う。法律体系や統治機構は受け入れらえても米海軍が中國海軍に変わるだけだからである。

 

よって、沖縄としては日本に留まったままやるしかない。判決が出た以上、もう嫌がらせくらいしか残っていない。そもそも論としては、溜飲が下がらないというのが根底にある不満だから、この感情のやり場をどうしてくれようというのが問題の核心と思われる。

 

かつての民主党政権時の鳩山由紀夫が最も沖縄の問題に真剣であった。ただ残念ながら彼は真摯ではあったが間抜けであった。九州移転を画策したが、アメリカとのネゴシエーションさえ終わっていないのに公言したのである。アメリカが拒否すれば実現しない計画を何の準備もなく堂々とぶち上げた。政権奪取後に数年をかけて準備し初めて可能な事を最初に持ち出した。これ大阪万博の維新の如し。

 

その鳩山を沖縄の人は石を投げて追い出した。夢を見させたのが悪いと言う主張には一理ある。しかし一理しかない。二度とだれも沖縄では夢は語らない。自らそういう道を選んだのである。カムイ伝の最終コマだ。

 

この先で沖縄が取れる手法にはインフラの提供の拒否とか、反対運動の維持くらいしかないように思える。裁判官を襲えばテロリスト扱いされるかも知れない。幕末じゃないんだから。

 

実際に裁判官という人種は恫喝すれば簡単に判決をコントロールできるものである。だが、それをやるのは判決前でなければ意味がない。ロシアのプーチンを見習えという話である。

 

米軍の問題とは日本の敗戦ではなく戦後国際社会の問題だろう。早い段階から冷戦構造は不可避であったし、大陸側に共産主義が蔓延する事をアメリカは恐れた。だからベトナム戦争までは頑張った。其れらの結果として、アメリカとしては、大陸は譲っても海は譲らないとするしかなかった。沖縄はその最前線である。太平洋を面で押さえる頂点のひとつである。

 

冷戦後の世界で沖縄の位置付けが見直されるのは自然と思われる。ただ中國が台頭し国力も軍事力も右肩上がりの状況にある。中国経済はいまや黒雲に覆われているとはいえ、今すぐ脅威が消失する状況ではない。

 

とりもなおさず今の焦点はウクライナ方面にある。ここでロシアが勝利したりアメリカが引けば、確実に中國は台湾に進出する。アメリカが来ないなら何の懸念もない。生き崖の駄賃として尖閣も押さえる。

 

アメリカが腰抜けなら何も恐れる理由がない。腰抜け呼ばわりさえしなければ粛々である。これらはアメリカのデッドラインがどこに引かれるかに決まる。日本も沖縄もお呼びではない。

 

中國との今後を考えても国防上、沖縄は重要な場所にある。そして本気で国防を考えるなら、アメリカがどこで手を引くかのオプションも冷静に考えておく必要がある。その場合にどうするかも答えはなくとも検討しておかなければならない。

 

その検討の中では沖縄の人たちは前回と同様に置き去りにされるのは自明である。そこが分かっているから沖縄の人も簡単には譲れまい。

 

沖縄にはもう僅かな道しかない。辺野古基地はたぶん、必要だろう。中國との間で戦闘状態となる前に完成させておきたいはずだ。だが、この突貫工事の飛行場が果たして本当に使い物になるのやら、という懸念もあろう。

 

沖縄が味わっているのは世界中の多くの国が味わってきた屈辱の歴史と同じだ。東欧の国々、東南アジアの国々、中東の国々、アフリカ諸国、インド、中國が味わってきた屈辱、ヨーロッパが世界に拡張した世界の枠組みの問題である。

 

その繁栄も屈辱も他国・地域の人間には想像しにくい。ポーランドの悲しみを本当に理解するのは難しかろう。だが、それに近づく道はある。そこには非難も同情も欠かせない。そして最終的には観光というものがそれぞれを結びつける道だと思う。

 

アフリカでは今も部族対立が尽きず、人工的に引かれた直線の国境を巡って争いが終わらない。それは自然発生したのではなく鉱山の位置などで適当に引かれたものだ。そのような歴史的な経緯により未だに軍事クーデータでしか政権交代が実現できない状況が蔓延している。聞いているかイギリス人。

 

沖縄の鬱憤とした状況をどう解消するか、いまや薩摩に支配された史実は歴史化した。そこに恨みをいうものは少ない。沖縄決戦の記憶は未だ歴史化していない。これらの問題は、そこが源流だろう。この記憶をどう扱うべきか。沖縄は地理的に独立できる環境にはない。そこでどう独自文化を組み立てるかという点が最大の関心になる。

 

沖縄の底流にあるものはアイヌなどと同じく文化的アイデンティティの問題に至る。如何に自分たちの独自性を維持してゆくか、歴史の中で本当に多くの文化が失われて消えていった。幾つかの石碑に残っているだけで未だに解読できない文字の如何に多い事か。映像にしか残されていない最後の話者の物語、どれほどの多くのものが失われ淘汰されていったか。

 

これは決して沖縄だけの物語ではない。日本語でさえ200年後には残っていないと言われる。たかが一億人しか伝えるものがいない言語をどう残してゆくのか、仮に言葉が残せないなら、これだけの作品群をどう移植してゆくのか。

 

その先鞭にあるのが沖縄やアイヌという事になる。もちろん既に滅んだ文化もある。現実的な米軍基地と言う問題、それがある事による独自文化や経済的繁栄、それがある事による地位協定の問題。恐らく米兵の刑事裁判に関する裁判権を渡す事、基地問題はその交渉材料とも思える。

 

そしてアメリカ軍は、軍とは独自に裁判制度を持つものであるから、おそらく譲らない。どのような犯罪者でも自国民は保護する、これが軍には必要である。それでも本気で争うならアメリカ本土でやりあうしかない。むべなるかなアウェイ戦。

 

自然環境の破壊についてはこれはもう難しい。既に埋め立ては終わっていて、時間稼ぎとしてはほぼ終わり。強力な海外の資源保護団体等の協力が得られない限りは、闘争は難しいだろう。成田の問題があるから土地の権利などを盾に戦い抜くのも難しい。裁判官は役に立たない。

 

これは感情の問題である。だから金で解決しろが真っ先にくる。しかし歴史的に長いため、その金では足りないという話である。日本政府が値切ろうとしている事が問題の根本にある。多くの事例は例え100億では許せなくとも10兆なら許せる。

 

結局は感情とは人間の尊厳という問題に落ち着く。この糸をほどくには敬意が欠かせない。だが、これが難しい。言葉だけでもお金だけでも駄目で、当然そこには小金を掠め取ろうと下膳な連中も群がってくる。あのウクライナでさえ横領する人間が今も絶えないそうである。そういう問題は世界中にたくさんある。