日本沈没 #9

www.tbs.co.jp

 

運転が上手くない人に限って細い道に入ろうとする。時間が惜しいような人生を送ってない人に限って信号無視を平気でする。そういう人間の劫みたいなものを背負ってというより、単なる脳の判断基準が狭窄的で短絡的であるだけの行動である。

 

世界が小さければ小さい程、重要な事も外から見れば些細になろう。その些細さがそれでも重要な場合はある。どれだけ世界を拡張しても重要と思われるものは残るし、別の世界に行けば何の価値もないものとなるかも知れない。

 

価値は全体での平均である。大多数が認識しているかどうかによって変わりゆく。それが証拠に基本的人権さえも2000年前に旅行すれば恐らく歯牙にもかけられないだろう。ではその価値は些細で粗末なのか。恐らく違うであろう。

 

価値は社会が決めるものか、では社会というマクロにおける現象の実体は何か。ミクロの平均なのか、標準偏差であるのか。それとも特定の個人への追従か。

 

多くが選択したという事の重みは支持する事の背景がある。だから19世紀のアメリカは黒人奴隷を廃絶したし、その差別は今でも残っているのである。つまり奴隷と差別はまったく別のカテゴリーにある。それが同じ社会の中で表出している。

 

いずれにしろ、この脚本家はこの作品についてどう感じているのだろう。脚本はもっと出来のいいものであったのに。しかし撮影する現場が改変した結果がこれだ。

 

現場の人たちにも言い分はある。限られた予算と時間は予め伝えていたのに、こんな脚本を寄越すなんて。実際に切り貼りすればこうならざる得ない、当然の結果だ。

 

沈没するCGに科学的なリアリティは感じられない。時間を短縮して見せている感じの演出さえない。とすれば東京から群馬が沈むのにわずか数十秒である。150km/min であるなら、時速9000km、Mach7。

 

海水が地表をそれだけの勢いで進めば、何が起きるのだろう。衝撃波も発生する?ぶつかる力も相当となろう。標高差800mがそれだけの時間で沈むにはどれだけの地盤変化を要求するか。カルデラが沈む程度の話ではないのである。

 

あんな感じでチャぽんとビルが静かに沈むとは思えない。あれでも秒速数十mの沈下である。地面の下では何が起きているのか。杞憂は笑えばいいが、地面が割れるのではないかを笑うものはいない訳である。

 

あのゆっくりと沈む感じを出したいのは何故?蛙とびこむの風流だの演出、別段に期待していなかったから、ああいう表現でさえ新しいと感じる。これはリアリティとは別の話である。

 

首相はテロでも生きていた。なんと情けないテロリストか、仕事はきっちり果たせ。しかし、あの爆発で取り逃がすとは誰も考えまい。あれで生き残った方が強運なのであって仕方ない、キャッスルのベケットがバスタブで生き残ってたのと同じくらいの感慨を得た。

 

しかし、ここで生き残ったのは、その次の布石であろう。パンデミックが起き、特効薬を開発する。それを世界で共有する脅迫との引き換えに移民を受け入れてもらう。その時に首相は必要だったのである。恐らく単に、箸休めとして國村隼の死亡シーンを挿入したかっただけであろう。陳腐。

 

にしても、最後に日本全部沈没ではなかった点が新しい。画期的である。日本大部分沈没である。原作は全沈没であるが、アニメでは隆起するし、草薙版ではグスコーブドリである。それとは違うという点で、今後のリメイクでもどこまで沈めるかがオッズかされるという話であろう。

 

海外に移転したり企業を売り払ったりした結果、あらゆる財産はなく、わずかな島だけが残る。しかしあの地図を見れば、ロシアも中国も韓国も北朝鮮も太平洋へ自由に行き来ができる。狂喜乱舞であろう。

 

この世界観でそのその後の軍事バランスは面白いと感じる。アメリカは重要な橋頭保を失ったに等しい。ロシア、中国は堂々と太平洋での戦略を練る。どれだけの地勢的価値が得られたか。

 

この列島がある事が、太平洋における大陸とアメリカのバランスを支えている。この微妙なプレゼンスは如何。九州と北海道が残った国土で、どのように国家は成立するのか。北海道はロシアで九州は中国で分け合いましょう、と会談している様子さえ垣間見える訳である。

 

両島で連携して軍事展開するのは難しい。ある程度の島の大きさがあるから成立していたドクトリンは見直さす。遠く離れすぎている。近くに二大軍事国家がいる。産業の立て直しさえ厳しい状況で。新幹線で結んでいた事の有難みである。もう航空機か船しかなくなった。

 

もし、そういう事を空想させるために敢えてこの端を残したのなら、それは立派だ。その意味でこの日本沈没が科学的なリアリティではなく、沈んだ後の地図を観客の脳裏に焼き付け、そうなった後の政治、経済、軍事を観客に考えさせるために抽出したテーゼではなかったか。

 

確かに、これほど滑稽でなければ、九州と北海道だけが残った日本というものについて考える経験など一生皆無であったろう。その点で、制作者たちの意図が、もしそうであるなら、ぴたりと当たったと思われる。その力量には感服すべきだろう。

 

それにしてもC-1輸送機のカッコよさ。輸送機をここまでカッコよく見たのは初めてかも知れない。STOL機だからあんなに地面を走ったりはしないんじゃないかなとは思ったりもしたけど、そこは架空であるべき事項だ。