年末放送『必殺仕事人』最新作、メインビジュアル&松下由樹ら豪華ゲスト発表

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東山になってからの必殺仕事人は、毎年、前年の話題となったニュースから不正の温床を組み込んでそれを成敗するパターンになっていて、最近は前半では善人被害者から後半では悪人加害者となって必殺される二重構造になってきた。

 

これはファンにはお馴染みの構造だと思う。よって次の必殺はどうしてもジャニーズ事件を中心に描く、そこにメタ構造としての東山演じる渡辺の存在が立つってもので、現実と架空、フィクションとノンフィクション、演技と演出の二項対立が名作の予感を感じさせるものであった。

 

これで悪人役に井ノ原を配役しようものなら快哉尽きる事なしである。

 

芝居小屋と橋の建設あたりで宝塚かな、それとも裏金疑惑かな、という気もしないではないが、今回に限っては注目すべきは脚本のみであって、ある意味では今回の番組は禊の役割を担っている。

 

たぶん必殺ファンは現実と虚構は分離して考えている。とてもではないが、虚構と現実をいっしょくたにするほど野暮ではないのである。犯罪をすればきちんと服役すればよい。自分が許せないなら退職でもなんでもすればいい。個人の問題であって他人がとやかく言う事ではない。

 

が、本作で最後になるかも知れないので、他人がなんとか言う事ではないのであるが、最後にして欲しくない気持ちがある。虚構と現実を一緒にするなと言われても、それ程このドラマにおける東山のイメージは現実の方にまで引きずられているのである。

 

これは仕方のない事であって友達でも知り合いでもない以上、そんな感じでテレビの中の人について知るしかない。

 

それでも当たり役とか俳優の力量というのは見れば分かるというもので必殺仕事人はよくできたドラマだと思う。社会問題も巧みに取り込んで現実のパロディとしても面白い。

 

悪人の顔の変わり目が注目のひとつだろう。だいたい、出てきた瞬間に俳優の力量から末期まで想像できるのである。それはそうなるように演出が巧みに情報を小出しにしている。我々は手のひらの上の小鮒である。

 

という事で、この人の好さそうな人が最後は般若のような顔になって、それを必殺の鬼に成敗されるのだなという楽しみがある訳である。

 

東山は年内引退を語っていた。だから今年中に放送するのであろうか。それは残念である。政治家の裏金も同様であるが、森喜朗のように何事にも特例と特権がある。必殺仕事人はそうであって欲しいものである。

 

少なくとも、東山の最後は、見世物小屋で起きた子供の人身売買に立ち向かい頑張るのに何故か民衆から非難されてお白洲で切腹というようなシナリオが相応しいのではないだろうか。それか引退して、のんびりと何もかも忘れたかのような余生を送る姿も悪くない。史実の斎藤一系である。

 

どうしても江戸時代の人の物語はその後の明治の世の姿も見たくなるものである。大正時代の人なら太平洋戦争中の姿を想像してみたくなるものである。空襲で、原爆で、どうなるのか、見たくなるのである。

 

物語の拡がりというか、そういう空想する力は物語にはあって、必殺仕事人は案外そういう拡がりに乏しく、その場で完結する系の物語な気もする。クロスオーバもスピンオフも考えにくい所がある。全員が微妙なバランスで支え合っている家屋のようだ。

 

さて、さて、さては次回作の行く末。